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    カテゴリ:海外サッカー日本人選手 > 内田篤人

    1:Egg ★:2018/04/14(土) 18:22:53.27 ID:CAP_USER9.net
    明治安田生命J1リーグ第8節が14日に行われ、鹿島アントラーズは名古屋グランパスと対戦。鹿島に所属する内田篤人が試合後インタビューに応じた。

    2連敗で今節を迎えた鹿島は、金崎夢生の2ゴールでリーグ戦4試合ぶりの白星を挙げた。開幕以来のスタメン復帰となった内田は自身のパフォーマンスを振り返り「そんなよくはなかったけど、勝ってディフェンスは評価される」とチームの勝利が重要だと語った。

    続けて、試合感覚については「練習でもやれてるし、紅白戦も出れてる」と問題がないことを強調。さらに、77分で途中交代した内田だが、交代は試合前から決まってたわけではなく、自ら要求していたことを明かした。「全然そんなことはない。別にケガしたとか、体力がないからではなく、交代する一個前のプレーで、カウンターを止めようと思ったけどイエローをもらってたから辞めた。そこで自分から言った。今日は戦術的な感じ」

    また、この時期に日本代表監督が変わったことで選手に与える影響について聞かれると「どうだろうね。呼ばれてたわけではないから。協会の人の判断だし、俺がどうこう言える話ではない」と名言は避けた。

    一方で、自身が代表選出される可能性については「あるでしょ」と断言したが、他の選手とは違う立場であることを強調した。「俺はどっちかっていうと試合に出ないと話にならない。みんなとは違う。見てくれてやれるってことが分かれば、気にはなってくれると思う」

    4/14(土) 17:53配信
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180414-00743070-soccerk-socc

    写真
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    1:Egg ★:2018/03/08(木) 00:07:09.02 ID:CAP_USER9.net
    Jリーグが開幕して2週が経過した。こちらがあるメディアで降格候補と予想したサンフレッチェ広島が2連勝。かと思えば、昨季13位から6位にジャンプアップしたその反動はないだろうと予想したジュビロ磐田が2連敗したり、予想屋(?)泣かせの事象も起きている。

    しかしこれはトーナメント戦ではない。長丁場のリーグ戦。探るべきは、いまから32試合後に笑うチームだ。

    ひとつの物差しとなるのは、試合後半の戦い方だ。サッカーは時間の経過とともにオープンな展開になる。中盤が間延びし、撃ち合いになる。レベルの低い試合ほど、早い時間からそうなる。
     
    その原因を作ったチームが勝利を収めれば、それは偶然の産物だ。次戦以降はあまり期待が持てないという話になる。

    Jリーグで最後まで崩れにくいチーム、中盤が間延びしにくいチームはどこか。昨年同様、鹿島は、開幕第2週対ガンバ大阪戦でも、終盤に行けば行くほど締まった戦いをした。決勝ゴールが生まれたのは後半33分。野球で言えば、8回の裏に1点取って逃げ切るパターンだが、これこそが鹿島が得意とする勝ち方だ。終盤まで0-0で推移すれば、試合は鹿島のもの。そうしたムードが出来上がっている。

    サッカーそのものの質に加えて特筆すべきは、交代選手のレベルが高いことだ。交代選手が試合を締める。レベルの維持に貢献している印象だ。理由は分かりやすい。選手の層が厚いからだ。ベンチに座るメンバーを、すべてピッチに送り出してもプレーのレベルは低下しそうにない。総合力が高いのだ。

    その点で鹿島は川崎Fを上回る。そのうえ今季のJリーグは、6月から7月にかけておよそ1ヶ月半中断される。ロシアW杯のために。よって日程はとてもタイトだ。週に2試合こなすこともザラだ。それにアジアチャンピオンズリーグ(ACL)や、国内のカップ戦が加われば、モノを言うのは選手層になる。シーズン前に鹿島を優勝候補に推したそれこそが一番の理由である。

    今季、鹿島に加入した一番の大物は、他ならぬ内田篤人だ。開幕第1戦の清水戦(アウェー)では、さっそく先発を飾り、鹿島ファンのみならず出身高校(清水東)がある清水のファンも喜ばせた。

    しかし、内田はフルタイム出場しなかった。後半39分、ペドロ・ジュニオールと交代でベンチに下がった。その時スコアは0-0。格上の鹿島としては、アウェーとはいえ、是が非でも1点が欲しい状況だった。

    サイドバックを下げフォワードを投入する、試合終盤におけるこの交代。一般的には納得できる順当な交代だが、内田に対して少なからず懐疑的な目を向けたくなるこちらには、少々気になる交代でもあった。

    翌、第2週、ホームでガンバ大阪と対戦した鹿島のスタメンに、内田の名前はなかった。筋肉に張りが出たために、前日練習から別メニューだったとか。

    内田の代役候補が複数いる鹿島にとって、これは痛くも痒くもない問題だ。4日後にはACLのアウェー戦対シドニーFC戦も控えている。層の厚い鹿島が、開幕週に84分プレーし、筋肉に張りが出た選手を休ませたことに特別、違和感は抱かない。

    しかし、手術した右膝の具合はどうなのかという疑念は湧く。もし回復しているなら、日本代表に復帰して欲しいとの願いもある。彼に対してどこまで期待を抱いていいのか。整理したい思いもある。

    鹿島は内田がいなくても優勝争いには十分絡む。必要なのは日本代表の方だ。内田がフィットした状態にあるなら即戦力。僕がハリルホジッチなら、右サイドバック(SB)は迷うことなく内田で行くだろう。

    つづく

    2018年3月6日 20時51分
    http://news.livedoor.com/lite/article_detail/14395798/
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    1:3倍理論 ★:2018/02/23(金) 18:17:38.38 ID:CAP_USER9.net
    心の奥深くに封印している思いに触れられたからだろうか。日本代表への復帰に関する質問が続いた直後、鹿島アントラーズのDF内田篤人はほんの一瞬ながら語気を強めた。

    「よく言われるんですけど、代表にはだいぶ入っていないので。僕が言える立場でもないので、鹿島に戻ってきたからには鹿島で一生懸命やります」

    愛着深い深紅のユニフォームに袖を通し、自身の象徴でもあった「2番」を背負い、慣れ親しんだ茨城県立カシマサッカースタジアムのピッチで7年9カ月ぶりに躍動した、14日の上海緑地申花(中国)とのAFCチャンピオンズリーグ(ACL)グループリーグ初戦を戦い終えた後のひとコマだった。

    右サイドバックとして先発した内田は、1-1のドローを告げる主審のホイッスルもピッチの上で聞いた。鹿島復帰後では初めてのフル出場。時計の針をさらに逆回転させていくと、90分間のプレーはブンデスリーガ2部のウニオン・ベルリン所属だった、昨年9月19日のSVザントハウゼン戦以来となる。

    「体もそんなに重くなかった。見ているみんなはどう思っているか分かりませんけど、僕はどんどん良くなっている、という気がします。コンビネーションもそうだけど、自分自身のゲーム体力とかボールタッチというのはある程度戻ってきている。ただ、僕の場合は1試合だけじゃ復帰だなんて言えないからね」

    後半アディショナルタイムにはFW鈴木優磨へクサビのパスを入れて、そのまま相手ペナルティーエリア内へスプリント。相手GKの美技に防がれたものの、鈴木が落としたパスにダイレクトで右足を振り抜き、強烈なシュートも放ってみせた。

    試合終了間際になっても落ちないスタミナ。何よりも長期にわたって戦列から離れる原因にもなっていた、右ひざへの不安を微塵にも感じさせないシーンだった。そこへ今年がワールドカップイヤーということも相まって、代表復帰に関する質問が飛んだ。

    「よく聞かれますけど、代表に全然入っていないので。今は鹿島で勝ち点を積み重ねることしか考えていませんし、それができるチームだと思っているので。鹿島のためにしっかり働きます」

    この言葉の直後に、「鹿島での活躍の先に代表がある?」という質問が飛んだ。そして、冒頭で記したように、内田の声のトーンがちょっとだけ上がった。

    もっとも、ワールドカップ・アジア予選を戦う上で、AFC(アジアサッカー連盟)への提出が義務づけられた予備登録選手の中に、内田はシャルケでプレーしていた時から名前を連ね続けていた。

    実際、ヴァイッド・ハリルホジッチ監督の初陣だった15年3月27日のチュニジア代表戦(大分銀行ドーム)で、84分から酒井宏樹(マルセイユ)に代わって途中出場。4日後のウズベキスタン代表戦(味の素スタジアム)では、先発出場を果たしている。

    もっとも、前半で退いたウズベキスタン戦が現時点において、内田が日本代表としてプレーした最後の試合となっている。以前から痛めていた右ひざの膝蓋腱に、15年6月になってメスを入れた。この瞬間から長く、過酷なリハビリの日々が始まった。

    出場機会を求めて昨夏にウニオン・ベルリンへ移籍するまで、シャルケでの公式戦出場は1試合にとどまっていた。捲土重来を期した新天地でも2試合。前述のSVザントハウゼン戦を最後に、筋肉系のケガなどもあって試合に絡めない状況が続いていた。

    そうした状況でも、ハリルホジッチ監督は内田を気に留めていた。16年5月下旬に千葉県内で開催した、海外組を対象とした日本代表合宿にリハビリ中の内田も招集。その意図を「グループに加わることでいい雰囲気になるし、彼らもグループに戻ってきて喜んでいる」と説明している 。

    内田の右ひざは、グループリーグの3試合全てで先発フル出場した、2014年のワールドカップ・ブラジル大会から悲鳴をあげかけていた。この年の2月に右太ももの裏に肉離れを起こした内田は、精密検査で右ひざの腱も断裂していることが判明。シャルケのチームドクターから勧められた手術を受け入れれば、ブラジル大会にはまず間に合わない。一時帰国してセカンドオピニオンを求めた結果、保存療法に踏み切った。

    手術を受けていれば完治していたかもしれない。それでも、代表に選出されながら一度もピッチに立てなかった10年の南アフリカ大会の悔しさは、同じワールドカップの舞台でしか晴らせない。甘いマスクの内側に流れる熱い血潮に導かれた保存療法という決断に、その後に長期離脱を強いられたことに、全く悔いはないと語ったことがある。

    「自分の中ではブラジル大会を休むつもりはなかったし、こうなるっていうのはある程度、覚悟してやってきた。変な話、あのときに休んでおけばという気持ちは全くない」
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    1:金魚 ★:2018/02/08(木) 12:45:48.29 ID:CAP_USER9.net
    鹿島アントラーズに所属するDF内田篤人が6日、安倍晋三首相主催の夕食会に出席し、来日していたドイツのフランク=ヴァルター・シュタインマイヤー大統領と交流を図った。

    現在29歳の内田は、2006年に清水東高校から鹿島へ加入し、プロ初年度からサイドバックとしてレギュラーを確保。

    2008年には日本代表デビューを果たした。そして、2010年7月にブンデスリーガのシャルケへ完全移籍で加入すると、

    チャンピオンズリーグでクラブのベスト4進出に貢献するなど欠かせない存在に成長した。また「ウッシー」の愛称でファン・サポーターからも愛された。

    しかし、2015年に右膝を痛めて以降、プレーできない日々が続き、昨夏にドイツ2部に所属するウニオン・ベルリンへの移籍を経て、1月に鹿島へ復帰した。

    ドイツ大使館の公式ツイッター(@GermanyinJapan)には、内田とシュタインマイヤー大統領が固く握手を交わす写真を添えつつ「昨晩シュタインマイヤー大統領と安倍総理大臣との会談後に行われた夕食会には、ドイツでプレーした #内田篤人 選手も招待されました。

    シュタインマイヤー大統領はシャルケの大ファンということで、シャルケで活躍した内田選手を交えて和やかな雰囲気の会になったようです」と綴っている。

    シャルケで7シーズンを過ごし、ドイツにゆかりのある人物として今回の夕食会に招待された内田。今冬のJリーグ復帰で話題をさらったが、「ウッチー」日本での絶大な影響力は今後も続きそうだ。

    http://www.sanspo.com/soccer/news/20180207/jle18020719360009-n1.html

    そのときの画像





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    1:江戸領内小仏蘭西藩 ★:2018/02/07(水) 16:19:21.63 ID:CAP_USER9.net
    鹿島内田が懸け橋 安倍首相と独大統領夕食会に招待
    2018年2月7日8時8分
    https://www.nikkansports.com/m/soccer/news/201802070000064_m.html



    鹿島アントラーズDF内田が6日、都内の公邸で開かれた安倍首相とドイツのシュタンマイヤー大統領の夕食会に招かれた。

    ブンデスリーガなどドイツで約8年プレーしたこともあって、同国にゆかりがある企業の重役らに交じってスポーツ選手でただ1人、出席。

    昨年4月にスペイン国王が来日した際はエイバルMF乾が招待されたが、内田もまた日本とドイツを結ぶ懸け橋を担った。
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    1:Egg ★:2018/01/14(日) 12:46:04.06 ID:CAP_USER9.net
    2018年シーズンの開幕へ向けて各クラブが戦力を補強するなかで、実力と人気を兼ね備える内田篤人が10年夏以来のJリーグ復帰を果たした。古巣の鹿島アントラーズに舞い戻った29歳の元日本代表は、所属クラブだけでなくJリーグ全体に大きな影響をもたらすだろう。

    実力はいまだトップレベル

    今年3月に30歳の誕生日を迎える内田は、ブラジルW杯後の14-15シーズンからケガとの格闘を強いられてきた。所属するシャルケ(ドイツ)のゲームで彼を見る機会は限られ、昨夏に移籍したドイツ2部のウニオン・ベルリンでも定位置確保に至らなかった。

    内田はもう、全盛期を過ぎてしまったのか。

    否、そうではない。ウニオン・ベルリンで出場機会を得られなかったのは、あくまでもチーム事情によるものだった。ドイツ・ブンデスリーガの1部でも、十分にプレーできるレベルにある。現在の彼に足りないものは実戦経験で、ゲームを重ねていくことで本来のプレーを取り戻していくに違いない。

    三つの立場を知る稀有な存在
    鹿島にとっては最高の補強である。

    右サイドバックとしての実力は前述したとおりだ。07年から09年のJ1リーグ3連覇に貢献した内田は、鹿島が伝統とする“勝者のメンタリティ”を知る選手だ。チームが苦境に立たされたときに、その存在は際立っていくだろう。守備にも攻撃にもスキのない本来のプレーを見せていけば、日本代表への復帰も見えてくるはずだ。

    若年層から日本代表に選出されてきたエリートだが、挫折知らずではない。10年の南アフリカW杯では、直前でスタメンから降格した。ウニオン・ベルリンでも、控えに回ることが多かった。

    ケガによる離脱も経験してきた。ピッチに立てない歯がゆさに、チームの練習に参加できない寂しさに、内田は触れてきた。

    試合に出る選手の責任感と自覚を知り、控えの立場からチームを支える重要性を理解し、ケガで離脱する選手の気持ちも汲み取ることができるのが、内田という選手なのである。サッカー選手が経験する三つの立場を、知り尽くしていると言っていい。

    しかも、欧州5大リーグのひとつに数えられるブンデスリーガで8シーズンを過ごし、ワールドカップの舞台にも立っている。彼の行動と言葉には、圧倒的なまでの説得力がある。

    だからといって、自分の意見を押し付けるようなタイプではない。周囲と調和しながら勝利に向かっていくのが、内田という男である。監督からすれば、これほど頼もしい選手はいないだろう。

    ケガと向き合ってきた日々は、メディカルスタッフとの共闘でもあった。周囲の支えがあって選手はピッチに立てることを、内田は身体に刻み込んでいる。彼のさりげない気遣いが、スタッフを含めたチーム全体の一体感を高めていくに違いない。

    内田が復帰した鹿島の18年は、例年にも増して注目である。

    2018年1月13日 20時25分 All About
    http://news.livedoor.com/lite/article_detail/14154145/

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    1:数の子 ★:2018/01/10(水) 22:49:29.43 ID:CAP_USER9.net
    1/10(水) 21:08配信 読売新聞

    J1鹿島の新体制発表記者会見が10日、茨城県内で行われ、独2部リーグのウニオン・ベルリンから復帰した元日本代表DF内田は「ドイツは歴史があり、日本と大きな差がある。僕は日本に帰ってきて、プレーで見せ、伝えていくのが大事」と使命感を語った。

    背番号は、2010年夏の渡独までの「2」を再び託された。15年に手術した右膝などの不安は「練習もしている。キャンプもあるし、大丈夫」と否定し、「鹿島は(J1優勝チームに与えられる)シャーレを掲げているのが似合うチーム。みんなで取りにいきたい」と意気込んだ。

    FW金崎の背番号は「33」から「10」に変更され、清水からDF犬飼が加入した。
    2018-01-11_08h30_58
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180110-00050131-yom-socc
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    1:Egg ★:2018/01/10(水) 19:10:22.72 ID:CAP_USER9.net
    望みは捨てていない。鹿島アントラーズに8シーズンぶりに復帰したDF内田篤人は15年3月を最後に遠ざかっている日本代表への復帰について、約5か月後に迫ったロシアW杯も視野に「半年、時間はある。戻せる時間はある」と意欲を見せた。

    15年6月に手術した右膝に不安はない。「向こうでも練習からガツガツやっていた。コンディションは良かった」と強調し、出場機会に恵まれなかったことについても「タイミングが悪かった」と話す。

    とはいえ、15年3月以降の3年弱で公式戦出場がわずか3試合というのも事実。試合勘やゲーム体力を含め、実際の試合でどこまでできるかは未知数な部分もあり、まずはピッチ上で証明していくことが先決だ。

    「協会スタッフの人は常に連絡を入れてくれていたし、膝の状態に関してはすべての経過を知ってもらっている。(Jリーグ復帰によって)ここで流れが変わるポイントになる」。初陣となった15年3月の代表戦で内田を起用しているハリルホジッチ監督も常にその状況を気にかけ、16年5月には当時リハビリ中だった内田も日本代表の事前合宿に参加させた。

    ハリルジャパンの情報については「ヤフーでしか見ていないので」と多くは語りたがらなかったが、「ボールを取って速くなんでしょ? でもそれは世界では当たり前だから。(メディアは)そういう前提を大きく取り上げすぎだし、日本人選手はそれを取り入れすぎるところがある。監督の言うことは半分ぐらいに聞いておけばいい」と、“内田節”も口にした。

    W杯メンバー発表前に残された代表戦は3月のみ。大逆転でのメンバー入りは決して簡単ではないが、可能性がないわけでもない。「日本人ならいいんですもんね?」。W杯メンバー23人に入るための“条件”についてそう語る内田は「J2でもJ3でも、草サッカーでも、最後にハリルが呼ぶかもしれない。その気持ちを日本国民全員が持っていい。なら俺も持っていいでしょ?」と冗談交じりながらも真剣な表情で言った。

    「日本国民全員がライバルだと思っている。高校生も、おじさんも、全員呼ばれるかもしれないんだから」。本大会直前にレギュラーから外れ、1試合も出場できなかった10年南アフリカW杯。主力として臨みながら1勝もできなかった14年ブラジルW杯。3度目の、そしておそらくは最後になるであろうロシアW杯を諦めるつもりはない。

    1/10(水) 18:01配信 ゲキサカ
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180110-01649261-gekisaka-socc

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