海外サッカー日本人選手速報 WORLD SAMURAI

海外で活躍している日本人選手の情報を中心にお届けします

    カテゴリ:海外サッカー日本人選手 > 内田篤人

    1:Egg ★:2018/01/02(火) 21:45:36.90 ID:CAP_USER9.net
    元サッカー日本代表のDF内田篤人がJ1鹿島に復帰することが2日、所属するウニオン・ベルリンから発表された。

    1/2(火) 21:38配信 ディリースポーツ
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180102-00000094-dal-socc

    写真
    続きを読む

    1:Egg ★:2017/12/26(火) 05:42:35.28 ID:CAP_USER9.net
    鹿島が今冬の獲得へ向け正式オファーを出している元日本代表DF内田篤人(29)について、現所属のドイツ2部ウニオン・ベルリンとクラブ間で大筋合意に至ったことが25日、分かった。鹿島と内田サイドの契約交渉がまとまれば10年6月以来、8シーズンぶりの復帰が決まる。

    関係者によると、鹿島はベルリンに対し内田獲得に必要な違約金(移籍金)として20万ユーロ(約2700万円)を提示。ベルリン側もこの条件に不満はなく、あとは細かなやり取りを残すのみとなったという。来季はリーグ王座奪回、アジア・チャンピオンズリーグ(ACL)初制覇を目指しており、右サイドバックの補強とともにクラブの伝統を受け継げる選手として、内田に白羽の矢を立てた。

    内田は現在、ドイツ2部リーグの中断期間を利用して日本に滞在中。今季のリーグ前半戦は2試合(先発1)の出場にとどまったことなどから、出場機会を求めて今冬の移籍を選択肢に入れていた。鹿島で出場機会を増やせばロシアW杯に出場する日本代表の逆転メンバー入りも十分に可能。10年南ア、14年ブラジルと2大会連続でW杯代表の経験を生かすためにも、鹿島で全力を尽くす。

    12/26(火) 5:05配信 スポーツ報知
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171226-00000024-sph-socc

    写真


    続きを読む

    1:動物園φ ★:2017/12/19(火) 04:27:33.77 ID:CAP_USER9.net
    12/19(火) 4:03配信
    スポーツ報知

    内田篤人、8シーズンぶり鹿島に復帰へ!2番は空き番 違約金2・7億払う

    鹿島時代に背番号2をつけ活躍した内田

    鹿島が元日本代表DF内田篤人(29)の今冬獲得へ向け、ドイツ2部ウニオン・ベルリンに正式オファーを出したことが18日までに分かった。今後はクラブ間交渉や内田本人との契約交渉を行い、合意に達すればドイツ1部シャルケに移籍した2010年7月以来、約8シーズンぶりの復帰となる。内田には右サイドバックとしてだけでなく、クラブの伝統を継承する役割を期待している。

    ウニオン・ベルリンとの契約は来夏まで残っており、獲得には違約金200万ユーロ(約2億7000万円)がかかるとみられる。15年6月に右膝の手術を受け、復活に時間を要しているが、もともとフィジカルに頼る選手ではないことから、鹿島は出場機会の増加とともに回復すると判断。リーグ3連覇(07~09年)を遂げた主力で、クラブが最も大事にする「勝負に徹する」姿勢を継承できる存在だ。

    内田は今夏にシャルケからウニオン・ベルリンへ完全移籍したが、左太もも裏の肉離れもあり半年間でリーグ戦出場は2試合(先発1)。今月上旬には内田の獲得に尽力したイェンス・ケラー監督も解任され、取り巻く状況は芳しくない。内田にとっても移籍を検討するタイミングで、交渉がスムーズに進む可能性は高い。

    鹿島は退団後の8シーズンは「篤人が戻ってくる時に」(鹿島幹部)備えて、内田が背負った2番を空き番にしてきた。悲願のアジア・チャンピオンズリーグ初制覇、リーグ王座奪回へ向け内田獲得を目指す。

    ◆内田 篤人(うちだ・あつと)1988年3月27日、静岡・函南(かんなみ)町生まれ。29歳。2006年に清水東高から鹿島入りし、右サイドバックとして07~09年のリーグ3連覇に貢献。08年北京五輪代表。19歳でA代表に初選出され、W杯は10年南アフリカ大会、14年ブラジル大会に選出。10年7月にドイツ1部シャルケへ移籍し、17年7月から同2部ウニオン・ベルリン所属。国際Aマッチ74試合2得点。ドイツ1部104試合1得点。同2部2試合無得点。176センチ、62キロ。家族は妻と1女。
    2017-12-19_08h05_09
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171219-00000028-sph-socc
    続きを読む

    1:Egg ★:2017/12/15(金) 00:15:27.69 ID:CAP_USER9.net
    ブンデスリーガ2部ウニオン・ベルリンに所属するDF内田篤人は、今冬にも同クラブを去ることになるかもしれない。アンドレ・ホーフシュナイダー監督は同選手の去就について示唆した。

    内田は今夏、7年過ごしたシャルケから恩師のイェンス・ケラー前監督が率いていたウニオンへと移籍。しかし、新天地でも負傷も響き、出場は第5節フォルトゥナ・デュッセルドルフ戦、第7節ザンドハウゼン戦の2試合にとどまっている。

    また、先月末に負傷から復帰してからもその状況が改善する予兆が見られない。ケラー前監督のラストマッチとなった第16節ボーフム戦(今月3日)に続いて、ホーフシュナイダー新監督の下で迎えた第17節ドレスデン戦(同9日)でも登録メンバーに含まれなかったのだ。

    そして、ドイツ誌『キッカー』によれば、内田はワールドカップに向けて日本代表チームへの復帰を目指しているため、出場機会を求めてウニオンを離れることを検討しているという。ホーフシュナイダー監督も内田の状況について「どうやって、みんなのためとなるように解決するのか、考えなければいけない」とのコメントを残し、同選手の移籍を示唆した。

    先日、ノルウェーのバイキングFKに所属する右SBのジュリアン・ライヤーソンに興味を抱いていると伝えられるウニオン。新たな報道では、同じく右SBを本職とするアウクスブルクのゲオルグ・タイグルの獲得に動く可能性が浮上。メディアは内田の退団は濃厚と見ているようだ。

    12/14(木) 19:35配信
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171214-00010001-goal-socc

    写真
    続きを読む

    1:豆次郎 ★:2017/11/09(木) 14:30:40.51 ID:CAP_USER9.net
    80a89_1469_c6b4deb9_6cd52da7

    内田篤人が「日本人は100%でやってない」と話したインタビューがおもしろい

    2017年11月9日 12時12分『スカパー!』で放送されている「スカサカライブ!」に出演した内田篤人。

    岩政大樹がインタビュアーを務める人気企画「今まさに聞く」で、様々な想いを語った。


    その中で「ドイツと日本の違い」を問われた内田は、練習への姿勢を挙げた。

    その内容は海外で長くプレーした内田だからこそ感じられたであろう芯を突くものだった(09:00から)。

    内田 篤人(ウニオン・ベルリオン)

    「慣れっすね。最初は結構失敗したり仲間と意見合わなかったり、失敗していく中でそれに慣れていかないといけない。練習を100%でやるので、それに慣れていくって感じですね。だかた急にパンッと変われるっていうよりは、だんだんだんだんっすかね」

    内田 篤人(ウニオン・ベルリオン)

    「チームメイトの信頼を勝ち取るには、試合に出て勝たないとダメだなって思った。それで話とか会話が増えていく。よく『ドイツ語喋れないからあの選手使えない』って言う人もいるけど、絶対ない。試合に出てないからそういう風に言われるだけ。試合に出てないから居場所がなくなるだけ…って思ってる、僕は」

    (練習の厳しさも大きな違い?)

    「日本人はすごい勤勉で真面目って言われるけど、サッカーだけで言えば全然100%でやってねぇなって思いましたね。やっぱこっち来て、100%でやるってこういことなんだって思ったっす」信頼を勝ち取るにはまず練習を100%で取り組み試合に出て、勝利することが必要と語った内田。

    語学力以上に試合に出ることの方が大切というのは、非常に興味深い意見だ。

    http://news.livedoor.com/lite/article_detail/13866573/

    動画
    続きを読む

    1:Egg ★ :2017/10/31(火) 09:18:22.43 ID:CAP_USER9.net
    必ずロシアで返り咲く。ドイツ2部ウニオン・ベルリンの元日本代表DF内田篤人(29)が30日までにベルリン市内で取材に応じ、来年6月開幕のW杯ロシア大会を目指す覚悟を口にした。15年6月に右膝手術。引退も頭をよぎった負傷から2年かけて復活し、1部シャルケからキャリア初となる2部への移籍も決断した。すべては再びW杯のピッチに立つため-。スカパー!のサッカー専門番組「スカサカ!ライブ」(金曜午後9時)の人気コーナー「今まさに聞く」で元日本代表DF岩政大樹(35)と対談後、再起までの苦悩と日の丸への思いを語った。

    「黄金」と称される10月の首都ベルリンは、色鮮やかな黄葉が見頃を迎えていた。内田が移り住んで約2カ月。10年夏に渡ったドイツで初の移籍だった。「帰国も考えたけど、せっかく欧州に来たのに1チームだけで終わるのもどうかなと思って」。ブンデスリーガ上位常連のシャルケに7シーズン在籍し、退団時にはセレモニーが行われるほど愛された。ドイツ杯優勝、欧州チャンピオンズリーグ4強。栄光の次に選んだ道はプロ初の2部リーグだった。9月19日のザントハウゼン戦でフル出場し「よく2部は激しいと言われるけど、間違いなく1部の方が激しい。速さも技術も。だから自分の力さえ出せれば」。復活の手応えはある。

    その試合は、2年半ぶりの公式戦先発だった。右膝の手術を受ける決断をしたのは15年6月。前年2月に右膝裏の腱(けん)を断裂した。W杯ブラジル大会は強行出場したものの「実は宿舎で階段の上り下りができず、常に1人だけエレベーターで移動していた」と日常生活も困難だった。それでも全3試合にフル出場したように「痛みに強く我慢強いタイプ。だから、W杯の後もシャルケで試合に出続けて膝蓋靱帯(しつがいじんたい)が『骨化』するまで、やれてしまった」。

    その「骨」が膝の内部をむしばむ。炎症が治まった日はなく「筋力も落ちて(いすに座った状態で)右脚を自力で真っすぐ伸ばせない」。気付けば「交通事故クラス」にまで悪化した。

    「前十字靱帯や腱の断裂は症例が多いけど、僕の場合はほぼ『実験』。先が見えなくて、頭にチラつきましたよ。引退の2文字が」。

    内田は終わった-。そんな声も聞こえてきたが「いま思えば2年で済んで良かった。『1カ月後には走れるかな』と頑張っても、半年後に走れもしない。どんなに専門家の話を聞いても治療の正解が分からない。『治してくれ』『正しい方法を教えてくれ』。苦しすぎて、何度も泣いたよ」。

    手術8カ月後から古巣鹿島でのリハビリを選択すると光が差す。理学療法士から、負担がかかりやすい特殊な骨格だったという膝に、痛みなく正しく力が入る角度を見つけてもらった。

    「そこから、どんどん筋肉がついて。膝にグッと力が入る。走れる。次第に怖さも消えていった」。それほど的確な処置だったが、それでも試合出場まで、さらに10カ月。術後の診断は全治4~6カ月も結局2年を要する大けがだった。

    苦悩の一方で、素直に日本代表への思いがこみ上げた。10代から呼ばれてきた場所。しかし、前回W杯で敗れた26歳で「代表引退を考えてます」と言った。負けてもスター扱いされる日本に違和感を覚えていた。

    「全然やり切ってないのに、もういいかなと。ぜいたくだよね。でも、ずっと外れてるうちに、やるからには日本代表まで戻らなきゃと。わがままだよね」

    ハリルジャパンでの出場は15年3月のウズベキスタン戦が最初で最後。不在の間、右の前線は31歳本田から23歳久保、22歳浅野に世代交代しつつある。「右利きで縦に行ける選手は貴重だし、生かし、引き出してあげたいし、守備も楽にしてあげたい。やっぱり、代表戦で右サイドバックにボールがいけば『俺だったら』って見てしまう」と無意識に連係する自分がいる。

    今日31日に発表される来月の欧州遠征での代表復帰は見送られる。16日のチーム練習で左太もも前を肉離れしたためだが、目は輝く。「脂が乗る27、28歳を棒に振ったのは残念だけど、まだ間に合うし、来年3月も試合がある。1試合あれば評価は変わるし、こうも思っています。『この大けがからW杯で復活したら、格好いいかな』って」。初めて最終予選に出場しなかったが「(国際Aマッチ通算)72試合に出させてもらってるし、急にポンと入ったって戸惑わない。1回、呼んでほしい。きっかけさえあれば」。万全なら実力は別格。ロシアまでに定位置へ舞い戻る自信が、復活した内田にはある。【木下淳】
    2017-10-31_16h21_12
    日刊スポーツ 10/31(火) 8:19配信
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171031-00041155-nksports-socc
    続きを読む

    1:豆次郎 ★:2017/10/19(木) 16:30:42.40 ID:CAP_USER9.net
    2017年10月19日 11時25分
    内田篤人がウニオン・ベルリンに移籍しておよそ2カ月がたった。ここまで9試合を終えて、フル出場1回、途中出場1回、1アシスト。出場機会を求めて、かつてシャルケでともに戦ったイエンス・ケラー監督率いる2部のチームに移籍したことを考えれば、満足とは言い難い数字だ。

    そうは言っても、2015年3月からほとんど公式戦に出場していなかった選手に、現実はそれほど甘くない。それは本人だって承知のことだろう。10月15日のレーゲンスブルク戦でも、内田はベンチ入りしながら、出場機会はなかった。それでも、試合後のミックスゾーンでは明るく現在の状況を話してくれた。そのやりとりを、ほぼそのままお伝えすることにしたい。

    練習試合で軽快な動きを見せる内田篤人(ウニオン・ベルリン)

    ――最近はどんな感じですか?

    「どんな感じって言われても……。(引越し先の)家のWi-Fiがつながらず、ストレスがめっちゃ溜まってる(笑)。今、岩政(大樹)さんが取材に来ていて、明日、練習後に来てくれるんだけど、『今日も取材するよ』って言われて。試合後にスタンドの人とハイタッチしたら岩政さんだった(笑)」

    ――状況的には出場機会をじっくり待とうということですか?

    「うーん、しょうがないよね、チームが勝っていれば(選手を)代えられないのは普通だから。攻撃の選手ならチャンスはあるけど、ディフェンスラインだからしょうがない。いいじゃん、じっくりちゃんと練習できると思えば。でも、この状態があまり長く続くようなら考えなくちゃいけないけど」

    ――え、早くも次を?

    「そりゃそうでしょ。俺には時間がないから」

    ――焦りはありますか?

    「いや、どうかな。しょうがないから、こればっかりは。(ウニオン・ベルリンは)CLがあって週2ペースで試合があるわけでもないし。この間、90分出た試合(ザントハウゼン戦)では勝てなかったし、俺もあまりよくなかった。代えるきっかけにはならなかった、ということだと思うよ。もともとこのチーム、いい選手が揃っているからね」

    ――現在のレギュラー右SB(クリストファー・)トリンメルのような守備的スタイルを求められているのか、それとも内田選手のスタイルでいいのか。

    「と、思うけどね。それがダメなら出ていくだけじゃない?」

    ――それがダメなら獲得されてないですよね。

    「たぶんそうだと思う。多少は合わせなくてはいけないところはあると思うけど。まあ何試合か見ていても、俺が(自分のプレーを)やれれば、やれるなというのはあるからね。あとは俺次第で、それが時間との勝負」

    ――出場機会が得られるのは早いほうがいいですね。

    「早いほうがいい。でもチームが勝っているし、週に1回しか試合がないからしょうがないって感じ。でもね、流れってあるから。俺がシャルケに行った最初のころがそうだったけど、流れってあるからね。絶対、その時が来るから」

    ――現状、どういうところに不安がありますか。ケガの状態よりもゲーム体力ですか?

    「ハリルホジッチが口にしたからかどうかわからないけど、ゲーム体力とか試合勘とか、今、結構よく使う言葉だと思うんですよ。そういうのも大事だと思うんですけど、そんなのは1試合、2試合で変わるので、結果が出ちゃえば関係ないというのもあるので、あまり気にしてないというか。もちろん、俺はちょっとみんな(他の日本代表候補の選手たち)とは違って、あまりにも長い間やってないから、試合数をこなすというのが大事かなと思っている。でもチーム状況もあるし、この前の90分出た試合の出来はチームも俺もパッとしなかった。それは自分の責任。しょうがないかなと」

    ――シャルケの最初のころと似ていますか?

    「シャルケの場合は、1試合、バイエルン戦(2010~11シーズン第15節。シャルケが2-0で勝利)をやってリベリーを抑えたとか、スタメンに定着するきっかけがあった。そういうきっかけがあれば……。ずっと練習もしているし、今の右SBのトリンメルもすごくいい選手だけど、俺もやれるかなと。でもその機会がね(なかなか来ない)。覚悟して、知っている監督というので(チームを)チョイスしたつもりだし、プレースタイル、いい時の自分を知ってくれている監督だから、使いどころはある程度、見極めてくれると思う。でもそれがあまりにも遅くなるなら、俺は考える」

    (続く)

    http://news.livedoor.com/lite/article_detail/13769124/

    続きを読む

    1:Egg ★ :2017/10/17(火) 21:44:47.03 ID:CAP_USER9.net
    ウニオン・ベルリンは17日、DF内田篤人が左足肉離れを発症したと発表した。離脱は「当面の間」としており、全治期間は明らかになっていない。

    内田は今季、7年間にわたってプレーしたシャルケから2部のウニオン・ベルリンに移籍。2年間にわたる膝の負傷から復帰し、リーグ戦2試合に出場していた。

    日本代表復帰の噂もあったが、またしても離脱する見込みとなった。

    ゲキサカ 10/17(火) 21:39配信
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171017-01645239-gekisaka-socc

    写真

    続きを読む

    no title

    1:砂漠のマスカレード ★@\(^o^)/:2017/09/11(月) 18:15:43.24 ID:CAP_USER9.net
    ドイツ2部のウニオン・ベルリンに加入したDF内田篤人は、現地時間10日に行われた2部第5節のフォルトゥナ・デュッセルドルフ戦で移籍後初出場を果たした。だがこの試合では、ユニフォームの背中に入れられたネームの綴りを間違えられていた。

    内田は7年間を過ごした1部のシャルケから、この夏にウニオンへ完全移籍。デュッセルドルフ戦では前節に続いてベンチに入ると、75分からの交代でピッチに立ち、その直後のファーストプレーで相手オウンゴールを誘発する貢献を見せた。

    だが内田が着用した背番号2のユニフォームには、よく見ると少々おかしな部分があった。本来「UCHIDA」となるべきネームが「USCHIDA」となっていたのだ。

    内田の名前がドイツで「ウシダ」と発音され、愛称「ウッシー」とも呼ばれることはよく知られている。「ウシダ」の音を表記すれば「USCHIDA」の方が一般的であるためか、時折こういったミススペルも見られるが、新天地デビュー戦のユニフォームという大事な場面でミスが起きてしまったようだ。

    内田がウニオンでの入団発表時に着ていたユニフォームや、クラブ公式サイトでの選手名表記は正しく「UCHIDA」となっていた。次節以降は修正されるのだろうか。

    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170911-00230889-footballc-socc
    9/11(月) 17:04配信
    続きを読む

    ↑このページのトップヘ