海外サッカー日本人選手速報 WORLD SAMURAI

海外で活躍している日本人選手の情報を中心にお届けします

    カテゴリ:Jリーグ > 中村俊輔

    1:Egg ★:2018/04/05(木) 18:49:54.87 ID:CAP_USER9.net
    薄暗い照明、黒色の土のグラウンド――1人の選手がボーっと薄く浮かび上がるように立っていた。

    雨上がりでグラウンドには、まだあちらこちらに水たまりが残っており、その選手はスパイクもソックスも泥だらけになりながら、ただ黙々とボールを蹴り続けていた。

    高校を卒業し、大学入学と同時にサッカージャーナリストになることを夢見て筆者が活動を開始した頃に見た風景だ。

    強豪校としてメキメキと頭角を現し始めていた桐光学園の“ナンバー10”中村俊輔を見るべく、そのサッカー部のグラウンドを訪れていた。当時、まだ大学生だった私はグラウンドの中での取材ができず、孤独の中で練習に励む中村を、同じく1人で遠くから見つめていた。

    全体練習が終わり、多くの部員達が引き上げてからも彼はグラウンドに残り、FKの練習をひたすら行っていた。

    1人でボールを数個抱えて一箇所に集め、ゴールに向かってただただFKを蹴る。

    やがて蹴るボールが無くなると、ゴールに入ったボールや外れてグラウンドの一番奥まで転がっていったボールをひとつずつ回収して、再び場所を変えてFK練習を行い、またボールを回収して……。

    次第にボールは泥で重くなり、真っ黒になっていった。

    すると急にしゃがみ込んで、ボールを抱えた。「何をやっているんだろう?」と目をこらして見てみると、彼は素手でボールをひとつずつ丁寧に磨いていた。全部のボールの泥を落として磨き終えると、再び何事も無かったかのようにFKを蹴り始めた。

    中村俊輔を育てたグラウンドが人工芝に。

    まさに「黙々と」という言葉そのままに、何かに取り憑かれたかのようにひたすらFKを蹴っていた中村俊輔。

    あれから21年の歳月が流れて――2018年4月2日。

    彼が汗を流していた桐光学園高校サッカー部グラウンドは、緑色が映える綺麗な人工芝グラウンドとなっていた。

    この日、サッカー部グラウンドが人工芝化されたことでの完成記念式典が行われることになっていた。中村はそこに、OBとして出席していた。

    つづく

    4/5(木) 11:31配信
    2018-04-05_19h34_19
    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180405-00830399-number-socc
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    1:Egg ★:2018/01/14(日) 22:07:43.74 ID:CAP_USER9.net
    J2東京ヴェルディに新加入したDF比嘉祐介(28)が14日、ジェフユナイテッド千葉との契約が17年で満了した後、J1横浜F・マリノス時代の先輩のジュビロ磐田MF中村俊輔(39)に「雇ってよ」と相談し、ゲキを飛ばされ、プロサッカー選手としてのキャリア続行につながったと明かした。

    比嘉はこの日、都内で行われた新体制発表会に出席した。取材陣から背番号について聞かれると「背番号は25でいきたかった。俊さんが着けていたので。東京Vでは埋まっていたので、何でもいい」と13番に決めた経緯を語った。

    比嘉にとって、中村俊は「マネしようとしたって出来ない。俊さんや中田英寿さんを見てサッカーを始めた」憧れの存在。12年に横浜でプロデビューした当時、中村俊はキャプテンだった。その後、比嘉が京都サンガFC、千葉と移籍しても試合を見てくれ、話もしばしばする関係だという。

    東京Vへの移籍が決まり、中村俊と連絡を取ったかと聞かれると、比嘉は千葉との契約が満了になった際、電話したと明かした。「『俊さん、もうサッカー出来ねぇから雇ってよ』と、初めてガチに」相談すると「『もう、ちょっと頑張れよ。もっと出来るんだろ』と半分、説教じゃないけど」(比嘉)とゲキを飛ばされたという。

    その後、東京Vからオファーを受け、完全移籍が決まった。電話で報告すると「良かったじゃん。チーム、あったんだ。頑張れよ」と喜んでくれたという。「オファーをもらったのが、うれしかった。自分で先発を勝ち取れば、俊さんも(横浜DF栗原)勇蔵君も、自分の頑張っている姿を見てもらえる」と闘志を燃やした。

    2月25日の開幕戦の相手は、契約満了となった因縁の千葉とホーム味の素スタジアムで対戦することが決まった。比嘉は「スタメンで出られたら最高。楽しみしかない。思いっきり削ります。何もやらせたい。どうせ、あっちもガーっとくる。ファウルをもらわないように、うまくやりたい」とジョークを飛ばした。

    千葉では17年、リーグ戦の出場は8試合にとどまり無得点だったが、11月11日の名古屋戦(3-0勝利)と同19日の最終節・横浜FC戦(2-1勝利)と終盤の大事な試合に2戦連続で先発し、J1昇格プレーオフ進出に貢献。

    昇格を決めた名古屋グランパスとの準決勝(2-4敗戦)ではフル出場した。ファン・エスナイデル監督の厳しい練習、食事制限で体を鍛え「フタを空けてみれば、最後は良かった」と収穫も感じている。

    「開幕戦に勝って、頑張っている姿を見てもらいたい。アイツのクビ、切らなきゃ良かったって言わせたい」と笑みを浮かべた。【村上幸将】
    2018-01-15_08h19_52
    1/14(日) 20:57配信
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180114-00100356-nksports-socc
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    1:Egg ★:2018/01/10(水) 08:06:54.53 ID:CAP_USER9.net
    鹿島の昌子や横浜FMの山中を選出、川崎の中村憲剛は「ならではの駆け引き」



    J1ジュビロ磐田の元日本代表MF中村俊輔が、独自の視点で昨季のJリーグベストイレブンを選出した。Jリーグ公式YouTubeチャンネルでその様子を公開している。かつてスコットランドのセルティックなどで活躍し、今でもその左足から繰り出される精度の高いキックはJリーグでも随一。稀代のレフティーは、どのようなメンバーを選んだのだろうか。

    【動画】Jリーグ公式が公開! 元日本代表10番MF中村俊輔が選ぶ、最高の11人「マイベストチーム」
    http://www.football-zone.net/archives/86635/3

    GKには柏レイソルから日本代表の中村航輔を「波に乗っている」と選出。右サイドバックは「力量が素晴らしい」と川崎フロンターレからDFエウシーニョが選ばれた。センターバックは横浜F・マリノスの元日本代表DF中澤佑二、鹿島アントラーズの日本代表DF昌子源、左サイドバックには横浜FMのDF山中亮輔を選び、昌子と山中については選出のポイントを語った。

    「昌子くんは、鹿島のディフェンスはゾーンが広く、個で守る。サイドバックが付いていって、スペースが空いていても一人でカバーする。クリアのショートバウンドの処理の仕方もすごく伸びている。山中くんは、ボランチからサイドハーフに出る前からスタートを切っている。それが早いので、出ていくセンス」

    中盤は、川崎から元日本代表MF中村憲剛と日本代表MF大島僚太、柏からMF大谷秀和を選出した。中村憲剛については「憲剛ならではの駆け引き。低いボールのインサイドで、分かっていても取れないようなスルーパス」と長所を解説。大島については「もっとゾーンが広ければ可能性がある。トップ下もサイドハーフもできる、無限の可能性がある選手」と絶賛した。そして、大谷については「もっと評価されていい」と選出のコメントを残している。

    「ヤナギさんを見てるみたい」とFWを絶賛


    俊輔が選んだ「マイベスト11」



    前線は柏のFWクリスティアーノ、鹿島の日本代表FW金崎夢生、川崎の日本代表FW小林悠を選んだ。クリスティアーノを「何もないところからゴールまで持っていけるのが助っ人」と称賛し、金崎は「どのチームも1トップは相手のディフェンスを打ち破る選手がいると後ろが合わせやすい」と話す。そして小林については「30点くらいは絶対に絡んでいる。ボールがない時にDFから消えるのが上手い。ヤナギさん(柳沢敦/元日本代表FW)を見てるみたい」と、昨年のJリーグMVPプレーヤーを称えた。

    ベスト11全体では、優勝した川崎の他に鹿島、横浜FM、柏との混合になった。セットプレーだけでなく、必殺のアシストを持つ中村俊輔の目にはこうしたプレーヤーたちが昨年のJリーグで輝きを放ったと映っていたようだ。中村航輔、昌子、山中、大島といった、このメンバーの中では若手に分類される選手たちが、新シーズンどのような活躍と成長を見せてくれるのかも楽しみだ。

    1/10(水) 7:10配信
    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180110-00010000-soccermzw-socc
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    1:すらいむ ★:2017/12/19(火) 14:20:11.30 ID:CAP_USER9.net
    俊輔のFK阻む“壁バイト”募集、日給5万円

    アルバイト求人情報サービス「an」は、思わず挑戦してみたくなるような「an超バイト」の新企画として、ジュビロ磐田・中村俊輔選手の“フリーキックの壁”バイトを5名募集する。日給5万円、中村選手サイン入りスパイク、シュート1本阻止につき壁全員に500円のインセンティブを支給。

    この企画はサッカー情報メディア「サッカーキング」とのタイアップにより実現したもの。J1リーグ最多直接FK記録を誇り、世界的な名フリーキッカーランキングに何度も選出されてきた“フリーキックの名手”である中村選手の練習相手として、壁となって立ちはだかる“フリーキック壁バイト”を募集する企画だ。

    壁の経験は一切不問。
    壁を作るだけの簡単な仕事なので、アルバイト未経験、サッカー未経験でも大歓迎だという。

    応募詳細は特設サイト(https://weban.jp/contents/c/cho_baito/nakamura_pc/)など参照。
    2017-12-19_15h12_30
    ナリナリドットコム 2017年12月19日 13時51分
    http://news.livedoor.com/article/detail/14049920/
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    1:Egg ★:2017/12/12(火) 19:06:02.13 ID:CAP_USER9.net
    【No Ball,No Life】アラブ首長国連邦(UAE)で開催されているクラブワールドカップ(W杯)。日本からはアジア王者のJ1浦和が参戦したが、準々決勝でアルジャジーラ(開催国枠)に敗れ、レアル・マドリード(欧州王者)との対戦は夢と消えた。

    浦和の選手は失望し、日本から駆けつけたサポーター、日本で対戦を心待ちにしていたファンを落胆させてしまった。強いチームが勝つとは限らない。試合は浦和がほとんどの時間でボールを保持し、いつゴールが決まってもおかしくない状況だったが、最後まで1点が遠かった。浦和はサッカーに勝って、勝負に負けた。

    ところでUAEには鉄道がない。移動はバスかタクシーが頼りになる。ガソリンの価格が安いという理由かどうか定かではないが、タクシーは日本に比べて低運賃。

    首都アブダビからアルアインまで、約150キロの距離をタクシー移動しても、日本円で約9000円で済んだ。東京から静岡市内までの距離で、この安さには驚いた。

    記者もこの運賃に魅了され、何度か利用させてもらった。こちらのタクシードライバーはUAE人のほか、周辺国から出稼ぎに来ている人も多い。

    あるUAE人の運転手と車中で話が弾んだ。

    運転手「君は、日本人か?」

    記者「そうですよ。クラブW杯の取材で来ています」

    運転手「そうか、日本人でサッカーがうまい選手がいたな、たしか、NAKAMURA…」

    記者「俊輔?」

    運転手「そう、そう、俊輔だ。フリーキックの名手だったな」

    記者「他に知っている日本人選手は?」

    運転手「そうだな、SHIOTANIは知っているぞ」

    J1磐田MF中村俊輔が世界的にも有名選手だったことを改めて実感した。DF塩谷司はUAEのアルアインに所属。こちらは知っていても当然か。

    運転手「日本はロシアW杯に出場するんだよね、おめでとう!!」

    記者「いやいや、UAEも強いですよ。日本はホームで負けました」

    運転手「でも、UAEは出られないんだ…」

    2022年カタールW杯では、日本とともにW杯に出場できることを切望していた。最後に、こう質問してみた。

    記者「三浦知良、カズを知っているか」

    運転手「カズ? もちろんだよ。50歳だっけ? すごいよ」

    UAEはスポーツといえばサッカー。テレビでも数多くの試合が放送されており、サッカー通が多い。そして日本サッカーを熟知する人も結構いる。日本がW杯に出場することのすごさと、俊輔とカズの偉大さを痛感させられた。(宇賀神隆)
    2017-12-12_20h54_11
    12/12(火) 17:05配信
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171212-00000554-sanspo-socc
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    1:豆次郎 ★:2017/11/23(木) 12:00:37.82 ID:CAP_USER9.net
    2017年11月22日 20時0分
    【天才レフティーの思考|No.7】サッカーセンスの見極め方について持論を展開

    天才を知る者は天才である――。

    そんな金言を証明するかのように、日本が誇る希代のファンタジスタは「その人のサッカーセンスは、自主練を見れば分かる」と断言する。J1ジュビロ磐田の元日本代表MF中村俊輔は、クラブと代表の両方で数多くの選手と共闘し、対峙してきたなかで、サッカーセンスの見極め方について持論を展開した。

    まずは“サッカーセンス”について、中村は一人の選手を例に挙げて語り始めた。

    「例えばトゥーは、相手FWと空中で競り合う時、相手がヘディングする気がないと感じたら、空中でヘディングの体勢から急に胸トラップに切り替える」

    中村が口にした「トゥー」とは、日本代表で長らく共闘した京都サンガF.C.のDF田中マルクス闘莉王その人だ。中村は中盤、闘莉王は最終ラインでプレーし、日本代表を牽引。2010年南アフリカ・ワールドカップのグループリーグ第2戦・オランダ戦では、中村が後半19分から途中出場し、同じピッチに立った。

    互いをよく知る二人だが、中村は闘莉王の機転を利かせたプレーにセンスを感じるという。闘莉王が相手FWと競り合う場面を例に、ヘディングの体勢からでも巧みに胸トラップへ切り替え、ボールを収めたプレーを称賛する。

    機転を利かせたプレーに「一言でセンス」

    「競っていたと思ったら、上手く胸でボールを落として、巧みにマイボールにしてしまう。相手FWからすると、競った直後に振り向いた時、もうトゥーがボールを持って動き出しているから、『あれ、いない!?』となる」

    中村は、試合中の状況や局面に応じた臨機応変さと瞬間的な判断力の重要性を強調し、「それは本当に一瞬の判断だけど、一言で言えばセンスですよね」と総括した。闘莉王のワンプレーからサッカーセンスの一端をひも解いたうえで、そうした面が垣間見えるのが自主練だと主張する。

    中村は、選手が自主トレーニングしている様子を見れば、その選手にサッカーセンスがあるか、おおよそ分かると明かす。あくまでも自主練と力説する真意はどこにあるのか。中村は“見るべきポイント”について、次のように語っている。

    「自分に必要なものや足りないものが客観的に分かっていて、自主的に練習しているかどうかですよね」

     その選手がどんな意図を持ち、どんな意識で自主練に取り組んでいるのか。中村の目にはそれが透けて見えるという。そして、“サッカーセンスとは何か”の根源的な問いに立ち返るように、中村は再び闘莉王を引き合いに出し、次のように切り出した。

    確信とともに「必ず自主練に反映される」



    「先にトゥーのプレーを例に挙げたけど、空中戦の自主練で、相手選手がいることを想定して取り組んでいるかどうか。何気ない数メートルのパスも同じ。逆サイドの奥まで意識して、そのショートパスを出しているかどうか。様々な状況を踏まえて、自主練のなかでどこまでイメージを膨らませているか」

     自らの意思で取り組む自主練だからこそ、中村からすればその選手の意識の深層が見えてくるのだろう。ある種の確信とともに断言した。

    「意識しているなら、必ず自主練に反映される。だから、自主練を見ればセンスが分かる」

     それを見抜ける中村もまた、サッカーセンスの塊である。

    【了】

    http://news.livedoor.com/lite/article_detail/13928472/

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    1: 名無しさん@恐縮です 2017/11/19(日) 19:05:44.89 ID:CAP_USER9
    ◆【天才レフティーの思考|No.6】2002年日韓W杯のメンバーから漏れ、世間の耳目を集めた当時を回想
     
    世界ナンバーワンの国を決める4年に一度の祭典「FIFAワールドカップ」(W杯)は、サッカー界最高峰の大会として知られる。日本代表は今年8月にロシア行きの切符を手にし、6大会連続6度目のW杯出場を決めた。各大会のW杯メンバー選考は大きな注目を浴びてきたが、J1ジュビロ磐田の元日本代表MF中村俊輔は「落ちるのは当然だったと思う」と2002年日韓大会に味わった失意の落選を振り返っている。

    1998年フランス大会で悲願のW杯初出場を飾った日本は、02年日韓大会、06年ドイツ大会、10年南アフリカ大会、14年ブラジル大会に続けて出場。そして8月31日、難敵オーストラリア代表に2-0と勝利し、来年6月のロシア大会行きを確定させた。

    過去のW杯メンバー選考において、98年フランス大会ではFW三浦知良やMF北澤豪らが漏れ、06年ドイツ大会ではFW久保竜彦らが選外となり大きな話題を呼んだ。そして02年日韓大会で憂き目に遭い、世間の耳目を集めたのが中村だった。現在39歳のレフティーは当時を回想する。

    「(横浜F・)マリノスでキャプテンを務めさせてもらったから、チームをまとめる難しさも分かる。それを考えると、2002年日韓ワールドカップの代表メンバーで自分が落ちるのは当然だったと思う」

    ◆「トップ下で使ってくれれば…」の強い思い

    中村は当時を思い浮かべながら、落選は当然と自ら口にしている。02年大会に向けてフランス人のフィリップ・トルシエ監督が日本代表を率いていたなか、02年5月17日午後3時30分に始まった会見で23人の大会登録メンバーを発表。

    トルシエ監督不在のなか、木之本興三・強化推進副本部長(当時)がメンバーを読み上げ、テストマッチで結果を残していた中村をはじめ、FW高原直泰、MF名波浩らが選外となった。

    とりわけ中村のリスト漏れは議論百出となったが、本人は「だって、ベンチで『くそっ』てやってましたから」と冷静に語っている。もっとも、トルシエ監督に反旗を翻していたわけではない。「自分としては、ぶすっとしてるつもりは一切なかったです。ただ、自分をトップ下で使ってくれれば絶対にやれるのに…っていうギラギラした思いだけは胸に秘めていました」

    トップ下に強いこだわりを持ち、人一倍の自信も胸に秘めていた。ところが、トルシエ体制では左アウトサイドが主戦場となり、ボールタッチの回数も減少。指揮官へのアピールに燃える中村が、貪欲な姿勢を前面に押し出すのは自然の流れだった。結局、当時23歳のレフティーに非情通告が突きつけられたが、現在の中村は「今考えれば、その決断はよく分かる」と胸の内を明かす。

    ◆「秋田さんやゴンさんを呼んで…」と納得
     
    02年大会でサプライズ選出となったのは、長らく代表から外れていたベテランFW中山雅史とDF秋田豊だった。その煽りを受ける形となった中村だが、今となってはトルシエ監督の選考に納得しているという。

    「トルシエ監督からしたら、ワールドカップは短期間の大会だから、秋田さんやゴンさんのように豊富な経験があって、リーダーシップを備えた選手を呼んでチームを盛り上げたいだろうし、今考えればその決断はよく分かります」

    横浜FMで11年シーズンから6年連続でキャプテンを務め、選手の立場ながらチームをまとめ上げる難しさも理解している。様々な経験を経て、中村の胸に去来する思いも移り変わっているようだ。

    【了】

    2017年11月19日 18時20分 Football ZONE web
    http://news.livedoor.com/article/detail/13913193/

    写真
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    1:豆次郎 ★:2017/11/16(木) 21:53:18.06 ID:CAP_USER9.net
    11/16(木) 19:40配信
    Football ZONE web
    【天才レフティーの思考|No.4】元日本代表FW柳沢を今でも敬愛 「あの人は、いつも数手先を考えて動いていた」

    「パスセンスを磨いてもらった」 中村俊輔が絶賛、今も感謝する唯一無二の選手とは?

    日本一のFKキッカーは、歴史に残る名パサーとしても人々を魅了して止まない。24本のJ1最多直接FKゴール記録を保持するJ1ジュビロ磐田の元日本代表MF中村俊輔は、クラブと代表の両方で高精度かつ創造性に溢れるパスを供給し、数々のチャンスを創出してきた。“演出家”としても強烈な存在感を示すレフティーだが、「パスセンスを磨いてもらった」と感謝する唯一無二の存在がいるという。


    「自分のパスセンスを磨いてもらった一番の選手はヤナギさん。あの人は、いつも数手先を考えて動いていた」

    中村が今でも敬愛の念を抱き続けている相手――それは、かつて鹿島アントラーズの黄金期を支えた一人、元日本代表FWの柳沢敦だ。1996年に富山第一高から鹿島に加入した若武者は、ルーキーイヤーに8試合5得点と結果を残すと、翌97シーズンは25試合8得点でJリーグ新人王を受賞。「超高校級」と謳われた才能は一気に花開き、98年には岡田武史監督率いる日本代表で初キャップを刻むなど、一気にスターダムを駆け上がった。

    78年生まれの中村にとって、77年生まれの柳沢は一学年上の先輩にあたる。そんな二人は97年にマレーシアで開催されたワールドユース選手権(現・U-20ワールドカップ)に揃って出場。山本昌邦監督率いるチームで、中村はMF大野敏隆とダブル司令塔を形成し、柳沢とFW永井雄一郎の強力2トップにパスを通して攻撃を構築した。この大会で日本は、2大会連続ベスト8の結果を残している。

    その後、2000年のシドニー五輪(ベスト8)をはじめ、00年から06年まで日本代表で長年共闘した間柄だが、中村は柳沢とプレーした当初に「大きな衝撃を受けた」と明かす。

    柳沢の“動きのカラクリ”を中村視点で紐解く

    「パスセンスを磨いてもらった」 中村俊輔が絶賛、今も感謝する唯一無二の選手とは?

    柳沢と言えば、ボールを持っていない時のオフ・ザ・ボールのプレーに定評があり、巧みな動き出しと周りを生かす術は群を抜いていた。中村も「自分が20歳の時、ヤナギさんの動きに衝撃を受けましたからね」と証言する。柳沢のワンプレーを例に出し、中村は次のように説明を始めた。

    「例えば、自分から味方に一本の横パスを入れた時、そこからダイレクトのパスが前線に出てくるタイミングを見計ってFWが動き出すのが一般的。でも、ヤナギさんの場合は違う」と力を込める。決定的な違いは、動き出すタイミングにあると中村は明かす。

    「ヤナギさんは、自分が味方に横パスを出すのと同じタイミングで、もうDFから離れるような動き出しを始めている。普通に考えれば、動くのはまだ早いですよね。だって、そもそも味方にまだボールが渡っていないわけですから、前線にパスも出てきません」

    中村は身振り手振りを交えながら、プレーの描写を熱弁する。「じゃあ、その動きの意味はなんなのか?」と続けて間を置くと、“カラクリ”を中村視点で紐解いていく。

    「ヤナギさんは、早めに動き出しながら、最初にパスを出した自分の名前を呼ぶんですよね。こっちからすると、まだタイミング的に早いから『え?』ってなるんですけど、呼ばれたことでヤナギさんに対して意識が自然と向く。そこで味方から自分にリターンパスが戻ってくると同時に、今度ヤナギさんはカットインして相手の逆を巧みに突く。その動きは間接視野で意識しているから、スムーズにパスを出せます」

    当時の中村にとって、柳沢のプレーは衝撃的だった。その動き出しの意図を理解すべく、「それまで以上に首を振って、周りの状況を意識するようになった」と振り返っている。先輩ストライカーは、中村の成長を語るうえで欠かせない存在であり、現在39歳となったレフティーは「ヤナギさんは、そういう感覚がずば抜けていた。本当にびっくりした」と、今でも称賛して止まない。

    柔和な笑みを浮かべながら語る中村は、最後に次のように総括している。

    「つまり、一連の動きが『そのタイミングで出せ!』というメッセージ。そうした流れを自分の中で全部イメージしたうえで、ヤナギさんは動き出していた。FWにセンスを磨いてもらうというのは、そういうことですよね」

    名パサーの陰に名ストライカーあり――。二人の関係性が雄弁に物語っている。

    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20171116-00010015-soccermzw-socc

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    1:Egg ★:2017/11/13(月) 19:03:54.66 ID:CAP_USER9.net
    【天才レフティーの思考|No.3】24歳でレッジーナへ移籍、中村が「改めて思う」別の道とは?

    J1ジュビロ磐田の元日本代表MF中村俊輔は、2002年夏に当時所属していた横浜F・マリノスからイタリア1部レッジーナへ完全移籍し、それを足掛かりに世界的評価を高めた。日本サッカー界を長年けん引し続けた天才レフティーだが、若かりし頃に「他の国に渡っていたら…」と思うことが今でもあると明かしている。

    2002年日韓ワールドカップで日本代表メンバーから失意の落選を味わった中村は同年8月、24歳の時にイタリアへと渡った。39歳となった今、別の道を想像することがあるという。

    「改めて思うのは、キャリアをやり直せるなら、若い時にスペインへ行きたかった」

    レッジーナに3シーズン在籍し、27歳となった2005年8月にスコットランド1部セルティックへ移籍。そして31歳となった2009年6月にスペイン1部エスパニョールに加入し、2010年2月に古巣の横浜FMへ戻る形で日本凱旋を果たした。そんな中村はサッカーキャリアを白紙に戻せるのであれば、早い段階でスペインに渡りたかったと語る。

    「海外移籍で環境がガラリと変わるなか、いろいろなものを得ようと考えれば、スペインも悪くなかったと思います。2009年にエスパニョールに行きましたが、結果的に少し遅かったという感じもある。スペインに若い時に行っていたら、また違っただろうなという気がしますね」

    スペインとイタリアの決定的な違いとは?

    30歳を超えてからのスペイン移籍は「少し遅かった」と振り返る中村だが、スペインにこだわる理由はどこにあるのか。イタリア、スコットランドも経験した男は、決定的な違いを指摘する。

    「お国柄によって、トレーニング一つを取っても違うし、攻撃の仕方や勝利の美学も全く違う。エスパニョールに約半年間しかいられなかったけど、スペインはボールをつなぐ意識が強かった。最終ラインから丁寧にボールをつなぎ、ボールをつなぐことやボールを保持することに対してすごくポジティブでしたね」

    卓越したテクニックを誇る中村にとって、スペインのサッカー文化は水に合っていたという。では、自身にとって海外初挑戦となったイタリアはどのような印象なのか。スペインとは異なる哲学が根付いていたと明かす。

    「イタリアはまた違って、いかに早く相手ゴールへ直結するプレーができるかどうかが大事。スペインのように丁寧なつなぎではなく、とにかくゴールに直結するプレーを重視していました」

    中村はイタリアとスペインのサッカー両大国でプレーし、「どのクラブでも、勝利に対する執着心は同じでしたけど、その国のカラーによって考え方やアプローチは全く違う」と肌身で感じた。しかし、「だからこそ…」と力を込めるのだ。

    「若い時にスペインに行っていたら、と考えることもあります。実際にスペインでプレーして、自分に合っていると感じていましたからね」

    つづく
    2017-11-13_20h43_57
    11/13(月) 18:10配信
    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20171113-00010013-soccermzw-socc
    続きを読む

    1:パーカー ★:2017/11/09(木) 13:25:58.88 ID:CAP_USER9.net
    2017年にJ1横浜F・マリノスからJ1ジュビロ磐田に移籍した元日本代表MF中村俊輔は、新天地で10番を背負い卓越したスキルを見せるなど、39歳となった今も健在ぶりを誇示している。欧州リーグで8シーズンを過ごした天才レフティーの目には、「日本人選手に足りないもの」が映っているという。自身の経験談を交えながら持論を展開した。

    中村は2002年8月に横浜FMからイタリア1部レッジーナへ移籍し、初年度から10番を背負ってプレー。2005年8月にスコットランド1部セルティックに活躍の場を移すと、6つのタイトルに加え、年間最優秀選手賞(2006-2007)も獲得。その後、2009年夏にスペイン1部エスパニョールに移籍し、2010年2月に古巣の横浜FMへ復帰を果たした。

    イタリア、スコットランド、スペインを渡り歩いた中村は、日本凱旋から今季で8シーズン目を迎えている。海外リーグもよく知る中村は、日本との違いについて口を開いた。

    「レッジーナでは3連敗して外出すると、『何負けてるんだよ!』って普通にファンから小突かれますからね」

    笑いながら冗談交じりに3シーズン在籍したレッジーナ時代を振り返った中村は、当時を回想しつつ、さらにイタリアでのエピソードについて次のように明かす。

    時に批判も「点を決めればヒーロー」の世界

    「スーパーマーケットでもサポーターに詰め寄られたこともあったし、車のタイヤを一個取られた選手もいました。確か4連敗した後だったかな。怒ったサポーターが練習中のグラウンドに乱入して、『お前ら、やる気あるのか!』って抗議するぐらいですからね」

    カルチョ(サッカー)の国と呼ばれるイタリアのセリエAは、かつて“世界最強リーグ”とも称され、サッカー界の中心にあった。サッカー文化が根付いた環境のなか、中村はレッジーナの10番として、時には批判を浴びながら観客を魅了するプレーで着実に評価を高め、自らの地位を確立してきた過去がある。

    「ただその代わり、点を決めればヒーロー。サッカーを大きく扱う新聞が4、5紙あって、サッカー選手のステータスも高い。ヨーロッパだとサッカー選手の存在価値は全般的に高いですからね。そういう意味で、周囲からのプレッシャーが日本と海外では全く違いました」

    事実、中村は華麗なプレーと卓越したテクニック、そして武器であるFKで目の肥えたイタリア人を魅了し、現地で「東洋のバッジョ」と呼ばれた。今年10月14日のJ1リーグ第29節、敵地清水エスパルス戦(3-0)で中村が右コーナーキックから直接ゴールを決めた際には、現地メディアが伝えるなど、今でも「NAKAMURA」の衝撃は色褪せていない。

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    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20171109-00010006-soccermzw-socc

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