海外サッカー日本人選手速報 WORLD SAMURAI

海外で活躍している日本人選手の情報を中心にお届けします

    カテゴリ:海外サッカー日本人選手 > 中田英寿

    1:Egg ★@\(^o^)/:2017/06/27(火) 15:45:37.24 ID:CAP_USER9.net
    アジア人で最も成功したのは…。
     
    16-17シーズンが終わり、欧州の移籍市場が活況を呈するなか、アジア人選手の価値は日々上がっている。Jリーグからもすでに鎌田大地(サガン鳥栖→フランクフルト)と堂安律(ガンバ大阪→フローニンヘン)が、それぞれヨーロッパへと旅立った。
     
    そんななかで、アジア・サッカー連盟(AFC)が公式サイトで、「アジアのサッカー史に残る5大移籍」という特集を組んでいる。欧州の舞台に挑戦したパイオニアたちの名前が列挙されるなかで、日本人として唯一紹介されたのは、1998年に平塚ベルマーレからイタリアのペルージャへと渡った中田英寿だ。
     
    果敢なドリブル突破と鋭いスルーパス、さらには強烈な個性を持ち合わせていた中田は、フランス・ワールドカップ後の1998年夏に21歳でペルージャへ。そんな中田の挑戦についてAFCは、「日本サッカー界の先駆者。岡崎慎司、香川真司、本田圭佑などサムライブルーの戦士たちがヨーロッパで活躍するための道を開いた」と称賛している。
     
    さらに中田が2000年にローマへ移籍した後の動向についてもまとめており、「彼はジャッロロッソ(ローマの愛称)で2001年にクラブ史上3度目のセリエA優勝の手助けをした」と、アジア人で唯一のスクデット獲得という功績を称えた。
     
    また、同特集では中田以外にも元イラン代表のアリ・ダエイ、元韓国代表のパク・チソン、元中国代表のスン・ジーハイ、そして現役選手で唯一、イラク代表でウディネーゼに所属するアリ・アドナンが「イラク人で最初のセリエA戦士」として紹介された。
     
    なかでも、京都サンガから欧州に羽ばたいたパク・チソンについてAFCは、そのアジア・サッカーにおける貢献度の高さを絶賛している。
     
    パク・チソンは2002年に京都からオランダのPSVに移籍。韓国代表でも師事したフース・ヒディング監督の下で主力として活躍する。そして、当時のアレックス・ファーガソン監督から誘いを受けて2005年にマンチェスター・Uに渡ると、7シーズンでプレミアリーグ制覇やクラブ・ワールドカップ優勝など13個のタイトル獲得に貢献した。
     
    そんな元韓国代表についてAFCは以下のように綴っている。
     
    「ファーガソンは重要な試合において努力を怠らない韓国人をメンバーに選んでいた。それだけにチェルシーと対戦した2008年のチャンピオンズ・リーグ決勝でベンチ外となったのは、彼のキャリアにおいて最悪の出来事だった。とはいえ、プレミアリーグ優勝4回など13個の主要タイトル獲得に貢献したことを考えれば、欧州に移籍したアジア人において最も成功したのは、やはりパク・チソンである」
     
    今やあらゆるツールを通してヨーロッパの主要クラブが各国でスカウトを行なう時代となった。そうした事実を踏まえれば、アジアから欧州に羽ばたく選手はこれまで以上に増える可能性は高い。そのなかで、日本人選手は中田やパク・チソン以上の活躍を見せられるか。期待したい。

    サッカーダイジェスト2017年06月27日
    http://www.soccerdigestweb.com/news/detail/id=27235

    写真




    FIVE OF THE BIGGEST ASIAN TRANSFERS
    http://www.the-afc.com/afc-champions-league-2017/five-of-the-biggest-asian-transfers
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    1:Egg ★@\(^o^)/:2017/06/26(月) 22:41:44.64 ID:CAP_USER9.net
    「トッティと同じ役割のため当初は疑問視も」と回顧。
     
    ローマは6月22日、エジプト代表FWのモハメド・サラーをリバプールに売却した。移籍金は4200万ユーロ(約50億4000万円)で最大800万ユーロ(約9億6000万円)のボーナスがつく。合計5000万ユーロ(約60億円)はクラブレコードとなる売却額だ。
     
    2016-17シーズンは公式戦通算で19得点・15アシストを記録したサラーだけに、売却に不満を抱くサポーターも少なくない。だが、FFPを守るためにローマは早期の主力放出を義務付けられており、これだけの金額での売却に一定数のファンが納得しているのも確かだ。彼らが願うのは、その利益がさらなる補強に回ることだろう。
     
    では、ローマがこれまでに大金を投じて獲得したのはどんな選手たちだったのだろうか。ローマ専門サイトの『forzaroma』が現地時間6月25日、1990年以降の歴代トップ10を発表した。あくまでも同メディアによるランキングだ。
     
    堂々の1位は、元アルゼンチン代表FWのガブリエル・バティストゥータ。10年を過ごしたフィオレンティーナを離れ、永遠の都に拠点を移した稀代のストライカーは、入団1年目の2000-01シーズンにセリエAで20得点をマークし、ローマにとって通算3回目となるスクデット獲得に貢献した。
     
    その2000-01シーズンのローマのスクデットといえば、元日本代表MFの中田英寿を忘れることはできない。

    2000年1月にペルージャから加入した中田は、フランチェスコ・トッティとのポジション争いに苦しみながらも、敵地でのユベントス戦で途中出場から1得点を含む2ゴールを演出。天王山でチームを2-2のドローに導き、優勝の立役者として高く評価された。同サイトは、「歴代移籍金ランキング」で5位にランクインした中田を次のように評している。
     
    「ローマのユニホームに袖を通した初の日本人選手は、3回目のスクデット獲得の1年半前に、2000年1月にフランコ・センシ(当時の会長)によって獲得された。中田の獲得に好意的ではない見解もあった。才能あるトップ下、つまりトッティと同じ役割だったからだ。少しの疑問があった。だが、それ以上ではなかった」

    >>2以降につづく
    no title
    サッカーダイジェスト 6/26(月) 16:57配信
    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170626-00027212-sdigestw-socc
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    1:Egg ★@\(^o^)/:2017/05/24(水) 15:56:17.82 ID:CAP_USER9.net
    「ウブロ ポップアップブティック表参道」期間限定オープン記念イベントが24日、東京・表参道ヒルズで行われ、日本代表のバヒド・ハリルホジッチ監督、元日本代表MFの中田英寿氏、漫画『キャプテン翼』の作者である高橋陽一氏が出席した。

    日本を代表するサッカー漫画『キャプテン翼』は日本のみならず、世界中で数多くのサッカー選手に影響を与えてきた。中田氏もその一人で、「『キャプテン翼』がなかったら僕のサッカー人生はなかっただろうし、日本サッカー自体もプロ化などいろいろなことが遅れていたと思う」と、その影響力の大きさを指摘する。

    「『キャプテン翼』で描かれていたプレーはだいたい試した」という中田氏はペルージャ時代の98年11月29日に行われたセリエAのピアチェンツァ戦で華麗なオーバーヘッドキックでゴール。中田氏を代表するベストゴールの一つと言われている。

    『キャプテン翼』でオーバーヘッドキックが出てくれば、「すぐに砂場で練習した。小学生のころからずっとやっていた」と少年時代を振り返り、「漫画を読むことでインスピレーションを受けていた。『キャプテン翼』を読んでいなければ、なかったシュートだったと思う」と感謝した。

    高橋氏に対して「漫画で描かれていることは(現実でも)必ずできると思っていた。なので(『キャプテン翼』で日本代表が)W杯で勝つところを描いてもらえたら日本も勝てると思う」と、冗談交じりに要望した中田氏。

    高橋氏は「主人公である大空翼の一番の目標は日本代表としてW杯トロフィーを掲げること。物語もそれを目指して描いているところです」と、笑顔で応じていた。
    2017-05-24_16h36_40
    ゲキサカ 5/24(水) 15:51配信
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170524-01640070-gekisaka-socc
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    1:Egg ★@\(^o^)/:2017/05/19(金) 18:36:49.81 ID:CAP_USER9.net
    SPALがセリエBを制し、2位ヴェローナが1年でセリエA復帰

    18日にセリエB最終節が行われ、自動昇格とプレイオフへ進出するクラブが決まった。

    すでに前節の試合で昇格を決めていたSPALがバーリを相手に2-1で勝利し、勝ち点を「78」まで伸ばしてセリエB優勝。2位につけていたヴェローナはチェゼーナとスコアレスドローで試合を終え、勝ち点「74」でなんとか2位をキープし、1年でセリエA復帰を勝ち取った。

    一方、プレイオフへ進出するクラブは、3位フロジノーネ、4位ペルージャ、5位ベネヴェント、6位チッタデッラ、7位カルピ、8位スペツィアに決定。6クラブがセリエA昇格の最終枠をかけて争う。そして、ヴェローナと勝ち点で並ぶも直接対決の成績で自動昇格を逃したフロジノーネと、かつて中田英寿氏が所属したペルージャにはシード権が与えられ、前者は6位と7位の勝者と、後者は5位と8位の勝者と準決勝で対戦する。

    2度の経営破綻により、一時はセリエDまで降格していたペルージャが2年ぶりのプレイオフ入りを果たし、2003-04以来のセリエA復帰が手の届く位置まで来ている。はたして、最後のひと枠に飛び込むのはどのクラブになるのだろうか。
    2017-05-19_19h20_29
    theWORLD(ザ・ワールド) 5/19(金) 18:31
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170519-00010012-theworld-socc
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    1:仙台焼肉 ★@\(^o^)/:2017/04/13(木) 18:33:26.03 ID:CAP_USER9.net
    13日、東京ミッドタウンでサッポロ生ビール黒ラベル「40周年アニバーサリーイベント」が実施され、CMでメインキャラクターを務める俳優の妻夫木聡さんが登壇した。

    今回は黒ラベル40周年を記念して、人気CMシリーズ『大人エレベーター』第27弾に今年40歳を迎えた元サッカー日本代表の中田英寿氏を起用。イベントに登場した妻夫木さんが撮影時のエピソードを披露した。

    撮影は「和気あいあいと進んだ」ようで、実際のCMでもテンポよく会話が進む。「用意してもらった質問案以外にもざっくばらんに話しながら撮影しています。その方の言葉を引き出せたら、という思いで臨んでいる」という妻夫木さんには、今回どうしても聞きたかったことがあったという。

    「若くしてサッカーを辞めたことに対してどう思っているのか。それがすごく気になっていたんです。しっかりと受け応えしてくださった中田さんは、その質問にも答えてくださって、『決して嫌いになったわけではないけれど、サッカーを楽しめなくなった自分がいた』という言葉が強く印象に残りました」

    中田氏の言葉に心を打たれたようで、「僕は役者を楽しめなくなったことはないんですけど、もし、そういう思いになったら自分のことを考える時なのかもしれない」と続けた。

    第27弾も“大人”というテーマについて本音で語り合うストーリーに仕上がっており、中田氏が考える大人像や人生観について話している。

    「(これまでCMで共演した)みなさんはとにかく人生を楽しんでいらっしゃる。何が“大人”なのかというはっきりとした答えはないけれど、みなさんどこか“大人”というものに憧れを抱きつつ、今の自分と向き合いながら人生を楽しんでいる。そこ心は僕も大切にしていきたいです」

    同じくイベントに出席した代表取締役社長の髙島英也氏も、中田氏の演技には「40周年にふさわしいゲスト。大人の世界観を見事に表現してくれました」と納得の表情を浮かべた。

    「今年も全国に飲用体験の機会を提供していきたい」とする髙島社長。13日から東京・六本木にある東京ミッドタウン アトリウムで、14日からは大阪・西梅田スクエアでサッポ生ビール黒ラベル『THE PERFECT BAR 2017』を期間限定でオープンする。来場者は1回500円で40種類の中から好きなグラスを選び、「パーフェクト黒ラベル」(1杯とおつまみ付)を体験することができる。
    2017-04-14_11h47_20
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170413-00575767-soccerk-socc
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    1:Egg ★@\(^o^)/:2017/04/11(火) 17:32:42.34 ID:CAP_USER9.net
    サッカー元日本代表・中田英寿氏は、いま日本酒に本気で向きあっている。2006年、29歳で現役を引退。2009年には沖縄の波照間島から日本全国を巡る旅をスタートし、6年半かけて北海道・宗谷岬までたどり着いた。

    「各都道府県、短いところで1週間、長いときは何度も足を運んで1か月以上かけてまわりました。観光地を巡るというよりは、農業や食、伝統工芸、伝統芸能などに携わる人々に出会うための旅です。そこでたくさんの人や文化に触れあい、あらためて日本の魅力を感じたんです」(中田氏・以下同)

    6年半の間で旅に費やしたのは、のべ500日以上。1台の車で約10万kmを走り、2000か所以上を訪問し、1万人以上に出会った。その旅の中でとりわけ彼の心を惹きつけたのが、日本酒だったのだ。

    現役を引退してから11年間、定住する家を持ったことはない。東京から海外、そして国内の地方と飛び回る生活に家は必要ない。旅人が羽根を休めるのは、ホテルか旅館、もしくは飛行機の機内だけだ。そんな旅人生のなかでも、時間さえあれば酒蔵を訪ねている。

    2月初旬、中田氏の九州の酒蔵巡りに同行した。

    「この華やかな香りは、あの酵母を使っているからなんですね」

    「使っているのは硬水ですね。この酒米だと溶けにくいんじゃないですか?」

    どの酒蔵でも最初は、「あの中田英寿が来た!」とお客様扱いされるが、蔵を見学しながら専門的かつ鋭い指摘や質問を続けているうちに、どんどんプロ同士の日本酒談義が盛り上がっていく。出された酒は残さず飲み、地元の肴とともに楽しむ。そして「美味しい」と思ったとき、最後に声をかける。

    「今度、日本酒のイベントをやるんです。ぜひ参加していただけませんか?」

    中田氏は、昨年から、日本全国の銘酒が一同に揃うイベント『クラフト サケ ウィーク』(東京・六本木)を開催している。日本酒への愛情を肌で感じた蔵人たちは、皆喜んでイベントへの参加を約束する。古伊万里酒造の前田悟専務も中田氏の情熱にほだされたひとりだ。

    「酒蔵にいらした時は驚きましたが、中田さんに声をかけてもらったのは本当に光栄です。これまで業界内でがんばってきたつもりでしたが、販路の開拓などでどうしても限界を感じていました。中田さんのように世界を知る人に日本酒業界を引っ張っていってもらえるなら、協力は惜しみなくさせてもらうつもりです」(前田専務)

    こうして全国の148蔵が『クラフト サケ ウィーク』に集結するのだ。

    3月21日、初の地方開催となった『クラフト サケ ウィーク 博多』の初日、午後12時のスタート時点では、あいにく冷たい雨が降っていた。博多駅前に設置された会場は、大きな屋根があるとはいえ、寒さはいかんともしがたい。連休明けの平日の昼間、集客に苦労するのではないかと誰もが心配した。

    だが、間もなく中田氏が会場に現れると、それを待っていたかのように雨が止み、雲間から陽射しが照りこんできた。

    「僕、晴れ男なんですよ」

    そういって笑顔を見せると、酒蔵と料理店の出店を1軒ずつ訪ね、丁寧に挨拶をしてまわる。各酒蔵が提供する酒は3種類ほど。それを1杯ずつすべて飲み、楽しそうに語り合う。

    中田氏の登場とともに増え続けた客も、最初は彼の姿を目で追っているが、いつの間にかそれぞれが酒宴を楽しんでいる。夕方以降は着席、立ち席ともに満席の賑わいとなった。

    中田氏は途中休憩を挟んだものの、イベントが開催されている時間帯はほぼ会場内にいて、地元メディアの取材に応じつつ、プロデューサーとして全体に目を配っていた。

    「プロとしてやるからには、自覚もあるし、責任も感じています。とはいえ、まだ日本酒業界では新人のようなもの。すべてが簡単にいくとは思っていません。10年、20年、もっとかかるかもしれませんが、じっくり腰を据えて取り組んでいきたい。

    この『クラフト サケ ウィーク』を全国各地で開きたいですし、いずれはワインのように世界中の人が日本酒を楽しむようになればいいですね」

    中田氏の本気は伝わってきた。彼が言う“日本酒のポテンシャル”も理解できたような気がする。だが、その本気を感じれば感じるほど、別の思いが湧いてくるのも事実だ。

    つづく

    2017年4月9日 7時0分 NEWSポストセブン
    http://news.livedoor.com/lite/article_detail/12910795/
    2:Egg ★@\(^o^)/:2017/04/11(火) 17:32:52.43 ID:CAP_USER9.net
    あの名将“岡ちゃん”(岡田武史元日本代表監督/現・日本サッカー協会副会長、今治FC代表取締役)も同じ心配をしている。

    「日本酒もいいけど……そろそろ日本サッカーのために現場に戻ってきてほしいですね。彼ほど、純粋にサッカーを愛した選手はいなかった。世界で戦った彼の経験は、日本サッカーの大きな財産だし、彼なら時代の変化に合わせて新しいアイデアをどんどん出してくれるはず。本当は今すぐにでも戻ってきてほしいくらいですよ」(岡田氏)

    勤勉で多才な中田氏なら、サッカーと日本酒のどちらにも真剣に取り組み、さらなる高みに引き上げることができるだろう。日本サッカーの勝利を美味しい日本酒で祝う。そんな日が来ることを期待せずにはいられない。

    ◆なかた・ひでとし/1977年、山梨県出身。日本、イタリア、イギリスでサッカー選手として活躍。W杯には3大会連続出場。2006年に現役引退後は国内外の旅を続け、日本文化復興や東日本大震災の復興などを目的としたチャリティー活動を行なう。

    2016年「JAPAN CRAFT SAKE COMPANY」を設立。国内外で日本酒イベントを行なうなど伝統文化・工芸の普及を目指して活動中。4月7日より東京・六本木ヒルズアリーナにて『クラフト サケ ウィーク』を開催。全国から中田氏自身が選んだ100種類の酒を楽しむことができる。詳細はhttp://craftsakeweek.com/まで。

    写真
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    1:砂漠のマスカレード ★@\(^o^)/:2017/03/24(金) 14:26:27.63 ID:CAP_USER9.net
    3月14日、「第12回GINZA FASHION WEEK」オープニングイベントに登場した元サッカー選手の中田英寿氏。ファッショナブルなことでも有名だが、ファッションデザイナーのドン小西氏は唯一の欠点を指摘する。

    *  *  *

    現役時代からナリコレって呼ばれた帰国時のファッションを何度もチェックしてきたけどさ。当時からファッショナブルなことでは、日本のアスリートでナンバーワン。しかもいまだに誰も、この人を超えてないもんな。最近のナリコレっていえば本田圭佑選手が有名だけど、次元からして全然違うって。

    この日もファッションは、カンペキの一言だよ。ブルーのシャツにネクタイで最新のジーンズファッションを提案しつつ、靴にカラシ色を持ってくる心憎いコーディネート。元アスリートだけにスタイルもいいし、着こなしのツボも知ってる。あたしから見ると、一ミリのスキもない、ほれぼれするようなオシャレっぷりだよね。

    ただし、だ。聞いてみると、つきあったら疲れそうだのナルシストだの、世間の女性たちの評判は散々。ファッション界でもリラックスがトレンドになって、この手のスキのないオシャレさんは、浮く存在になりつつあるんだろうね。ま、この人は、今も変わらぬスーパースター。だからこそ、ここらで少し肩の力を抜いたファッションに挑戦してみるのも手なのかも?

    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170322-00000083-sasahi-socc
    dot. 3/24(金) 11:30配信









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    1:YG防衛軍 ★@\(^o^)/:2017/02/22(水) 17:33:53.04 ID:CAP_USER9.net
    サッカー元日本代表の中田英寿氏が、24日放送の日本テレビ系金曜ロードSHOW!特別エンターテインメント『人生が二度あれば』(後9:00)に出演。さまざまな理由でスポーツ界を離れる決断をしたアスリートの、人生の選択の裏にあった背景や想いに迫る同番組。29歳でまだ十分プレーできたにも関わらず引退を選んだ中田だが「自分がサッカーを好きでやっていて、ただ好きの部分が楽しめない時期が長く続いていろんな環境のことがあったりした。だったら一旦休んだほうがいいなと」とその理由を語り、「そしてもしかしたら何年後かに戻る可能性だってあった」と復帰も視野に入れていたことを明かした。

    中田のもとを訪ねたのはピースの又吉直樹。芥川賞作家とワールドカップに3度出場しイタリアセリエA強豪ローマでは日本人初の優勝をするなど「史上最も才能に恵まれたアジア人」とも評される孤高の天才の対談が実現した。日本全国を周り、日本酒や工芸など伝統文化の魅力を世界に広める活動をするなどビジネスマンとしての手腕を光らせている中田に又吉は「サッカーをやっていた時からいろんなことに興味がすでにあった?」と質問をぶつける。

    「昔からいろんなことに興味があって中学生の頃からだけど、特にスポーツやっていると“○○バカ”みたいに言われる。それがすごく嫌いでスポーツもできて勉強もできた、嫌なやつになりたい。昔から格好つける気持ちはすごい強くて、でも当然一番の興味はサッカーだった」と振り返った中田。又吉から「もしかしたら時間置いたらまたやりたくなってきてサッカーやっぱり楽しいからまたやろうという気持ちになるかもしれないってことですか?」と聞かれると「うん」と答えた。

    また番組ではこのほか“ミスタータイガース”掛布雅之の33歳引退理由をサッカー解説者の松木安太郎が聞き手となり、高校野球・大野倫(聞き手・橋下徹)、アマチュア野球・杉浦正則(聞き手・上田晋也)、相撲・花田虎上(聞き手・長島三奈)、高校サッカー・宮本寛(聞き手・ヒロミ)などアスリートとジャンルを問わない著名人による異色のインタビューを通してその秘められた胸の内を明らかにしていく。
    2017-02-22_18h44_01
    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170222-00000332-oric-ent
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    1:YG防衛軍 ★@\(^o^)/:2017/01/31(火) 12:37:09.17 ID:CAP_USER9.net
    セリエAで活躍した中田英寿氏とMF中村俊輔について、イタリアメディア『Calcioweb.eu』が過去を振り返り特集を組んでいる。

    当時の日本サッカーはまだ発展途上であり、イタリアでは観光地に溢れかえる日本人観光客については知られていたものの、セリエAへの日本人サッカー選手の加入は驚きの目を持って迎えられた。

    現在では「イタリアでプレーしたアジア人最高の選手」との評価を受ける中田も、1998年にペルージャへ加入した当時は実力を懐疑する声が多かった。しかし、デビュー戦となったユヴェントス戦(4-3でユヴェントスが勝利)では、ドッピエッタ(1試合2得点)を決める活躍を見せた。このシーズンは32試合に出場し、10得点を決め、チームのセリエA残留へ貢献した。

    その後は2005年まで、ローマ、パルマ、ボローニャ、フィレンツェへと渡り歩き、「イタリアで成功した最初の日本人選手であり、繊細なボールの扱い、素晴らしいテクニック、戦術眼を持つ背番号10の選手だった」と称えられている。

    一方、中村俊輔については、「正確な左足のキックに素晴らしい戦術眼を持つ。繊細なボールタッチが特徴のファンタジスタ」として紹介されている。2002年、中村がレッジーナへ加入すると、本拠地であるレッジョ・カラブリアでは、「ナカムラ・マニア」と呼ばれる現象が起き、町中で歓迎された。

    長靴のつま先に位置する南イタリアの小さな町に突然、取材班や観光客など大勢の日本人が押し寄せたことで、中村が平凡な1選手ではなく、日本のスターであることが伝わった。中村はレッジーナに2002年から2005年まで在籍し、サポーターから愛される存在となった。
    日本サッカーの一時代を築いた中田と中村は現在も、カルチョの本場イタリアで「最高の感動を与えた日本人選手であろう」と伝えられている。
    2017-01-31_14h21_41
    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170131-00000009-goal-socc
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    1:YG防衛軍 ★@\(^o^)/:2017/01/22(日) 19:34:27.97 ID:CAP_USER9.net
    元サッカー日本代表の中田英寿氏が1月18日、グランドハイアット東京で開催された『シーバスリーガル18年ゴールドシグネチャー・アワード2017 presented by GOETHE』授賞式に出席した。

    『シーバスリーガル18年ゴールドシグネチャー・アワード』は“本業のビジネスの成果を通して社会に活力を与えると同時に、社会貢献にも寄与された方”に贈られる名誉賞。「JAPAN CRAFT SAKE COMPANY(ジャパン・クラフト・サケ・カンパニー)」の代表を務める中田氏は日本の食文化やものづくりを世界に発信する活動が評価され「ビジネスイノベーション カルチュラル部門」を受賞した。

    授賞式後のトークセッションで、中田氏が受賞の喜び、日本の良いものについての考え、旅への思いを語った。

    「今日ここに経営者として呼ばれていることが、すごく不思議な感じです。サッカーもそうですが、好きなことをやっているだけで、ビジネスとしてうまくいくかは二の次。ただ、好きなことはやり抜けば形になると思っています。逆に中途半端にすると形にはならない。これは絶対だと思います」

    「世界中で和食がどんどん増えていて、和食屋さんがあればそこには日本酒があります。でも、『酒』と頼む人は多いですが、銘柄を指定して頼む人は少ない。実際は1000社以上の会社があって、4~5000くらいのブランドがあると思いますが、海外だけでなく、日本の方でもたいていの方は、そのうち10銘柄もきっと言えないと思います。ただ、逆に言えば、それはポテンシャルがあるということ。ウイスキーもそうですが、ブランドとしてきちんと名前を覚えてもらうのは時間がかかることなので、何十年もやり続けていかなければいけないと思います」

    「世界にも良いものがあって、日本にも良いものがある。どちらが良いか、ということではなく、情報交換をするだけ、良いものの情報を向こうの情報と交換するだけです。向こうが良いと思えば取り入れるし、そのためには海外のこともきちんと見て理解することが大事だと思っています。海外の文化も、日本の文化も、実際に回ってみて、自分で理解して『だったらこうだな』と考えています。自分が勉強に時間を使わない限り、何もできないと思います」

    「旅がなければ僕の人生は成り立たないくらい。いろいろなものを見て、いろいろな人と出会って、それがアイデアになってやりたいことが生まれてきます。今はネットで何でも出てくる時代ですが、自分の五感を使って初めてわかることがあって、今の時代だからこそ経験するということがすごく大事だし、日本は五感を刺激する環境としてすごく恵まれていると思います。自分の五感が鍛えられると感じますし、それがなければそこに真実はないと思っています」

    1年前、日本酒イベントを開催する中田氏に話を聞く機会があった。その際も中田氏は、実際に自分の目で見て、実際に人に会うことの大切さを語ってくれた。経験することの大切さ、この人の信念はいつもブレない。
    2017-01-22_20h51_57
    http://bylines.news.yahoo.co.jp/asanoyusuke/20170122-00066857/
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