海外サッカー日本人選手速報 WORLD SAMURAI

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    カテゴリ:海外サッカー日本人選手 > 中田英寿

    1:YG防衛軍 ★@\(^o^)/:2017/02/22(水) 17:33:53.04 ID:CAP_USER9.net
    サッカー元日本代表の中田英寿氏が、24日放送の日本テレビ系金曜ロードSHOW!特別エンターテインメント『人生が二度あれば』(後9:00)に出演。さまざまな理由でスポーツ界を離れる決断をしたアスリートの、人生の選択の裏にあった背景や想いに迫る同番組。29歳でまだ十分プレーできたにも関わらず引退を選んだ中田だが「自分がサッカーを好きでやっていて、ただ好きの部分が楽しめない時期が長く続いていろんな環境のことがあったりした。だったら一旦休んだほうがいいなと」とその理由を語り、「そしてもしかしたら何年後かに戻る可能性だってあった」と復帰も視野に入れていたことを明かした。

    中田のもとを訪ねたのはピースの又吉直樹。芥川賞作家とワールドカップに3度出場しイタリアセリエA強豪ローマでは日本人初の優勝をするなど「史上最も才能に恵まれたアジア人」とも評される孤高の天才の対談が実現した。日本全国を周り、日本酒や工芸など伝統文化の魅力を世界に広める活動をするなどビジネスマンとしての手腕を光らせている中田に又吉は「サッカーをやっていた時からいろんなことに興味がすでにあった?」と質問をぶつける。

    「昔からいろんなことに興味があって中学生の頃からだけど、特にスポーツやっていると“○○バカ”みたいに言われる。それがすごく嫌いでスポーツもできて勉強もできた、嫌なやつになりたい。昔から格好つける気持ちはすごい強くて、でも当然一番の興味はサッカーだった」と振り返った中田。又吉から「もしかしたら時間置いたらまたやりたくなってきてサッカーやっぱり楽しいからまたやろうという気持ちになるかもしれないってことですか?」と聞かれると「うん」と答えた。

    また番組ではこのほか“ミスタータイガース”掛布雅之の33歳引退理由をサッカー解説者の松木安太郎が聞き手となり、高校野球・大野倫(聞き手・橋下徹)、アマチュア野球・杉浦正則(聞き手・上田晋也)、相撲・花田虎上(聞き手・長島三奈)、高校サッカー・宮本寛(聞き手・ヒロミ)などアスリートとジャンルを問わない著名人による異色のインタビューを通してその秘められた胸の内を明らかにしていく。
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    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170222-00000332-oric-ent
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    1:YG防衛軍 ★@\(^o^)/:2017/01/31(火) 12:37:09.17 ID:CAP_USER9.net
    セリエAで活躍した中田英寿氏とMF中村俊輔について、イタリアメディア『Calcioweb.eu』が過去を振り返り特集を組んでいる。

    当時の日本サッカーはまだ発展途上であり、イタリアでは観光地に溢れかえる日本人観光客については知られていたものの、セリエAへの日本人サッカー選手の加入は驚きの目を持って迎えられた。

    現在では「イタリアでプレーしたアジア人最高の選手」との評価を受ける中田も、1998年にペルージャへ加入した当時は実力を懐疑する声が多かった。しかし、デビュー戦となったユヴェントス戦(4-3でユヴェントスが勝利)では、ドッピエッタ(1試合2得点)を決める活躍を見せた。このシーズンは32試合に出場し、10得点を決め、チームのセリエA残留へ貢献した。

    その後は2005年まで、ローマ、パルマ、ボローニャ、フィレンツェへと渡り歩き、「イタリアで成功した最初の日本人選手であり、繊細なボールの扱い、素晴らしいテクニック、戦術眼を持つ背番号10の選手だった」と称えられている。

    一方、中村俊輔については、「正確な左足のキックに素晴らしい戦術眼を持つ。繊細なボールタッチが特徴のファンタジスタ」として紹介されている。2002年、中村がレッジーナへ加入すると、本拠地であるレッジョ・カラブリアでは、「ナカムラ・マニア」と呼ばれる現象が起き、町中で歓迎された。

    長靴のつま先に位置する南イタリアの小さな町に突然、取材班や観光客など大勢の日本人が押し寄せたことで、中村が平凡な1選手ではなく、日本のスターであることが伝わった。中村はレッジーナに2002年から2005年まで在籍し、サポーターから愛される存在となった。
    日本サッカーの一時代を築いた中田と中村は現在も、カルチョの本場イタリアで「最高の感動を与えた日本人選手であろう」と伝えられている。
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    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170131-00000009-goal-socc
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    1:YG防衛軍 ★@\(^o^)/:2017/01/22(日) 19:34:27.97 ID:CAP_USER9.net
    元サッカー日本代表の中田英寿氏が1月18日、グランドハイアット東京で開催された『シーバスリーガル18年ゴールドシグネチャー・アワード2017 presented by GOETHE』授賞式に出席した。

    『シーバスリーガル18年ゴールドシグネチャー・アワード』は“本業のビジネスの成果を通して社会に活力を与えると同時に、社会貢献にも寄与された方”に贈られる名誉賞。「JAPAN CRAFT SAKE COMPANY(ジャパン・クラフト・サケ・カンパニー)」の代表を務める中田氏は日本の食文化やものづくりを世界に発信する活動が評価され「ビジネスイノベーション カルチュラル部門」を受賞した。

    授賞式後のトークセッションで、中田氏が受賞の喜び、日本の良いものについての考え、旅への思いを語った。

    「今日ここに経営者として呼ばれていることが、すごく不思議な感じです。サッカーもそうですが、好きなことをやっているだけで、ビジネスとしてうまくいくかは二の次。ただ、好きなことはやり抜けば形になると思っています。逆に中途半端にすると形にはならない。これは絶対だと思います」

    「世界中で和食がどんどん増えていて、和食屋さんがあればそこには日本酒があります。でも、『酒』と頼む人は多いですが、銘柄を指定して頼む人は少ない。実際は1000社以上の会社があって、4~5000くらいのブランドがあると思いますが、海外だけでなく、日本の方でもたいていの方は、そのうち10銘柄もきっと言えないと思います。ただ、逆に言えば、それはポテンシャルがあるということ。ウイスキーもそうですが、ブランドとしてきちんと名前を覚えてもらうのは時間がかかることなので、何十年もやり続けていかなければいけないと思います」

    「世界にも良いものがあって、日本にも良いものがある。どちらが良いか、ということではなく、情報交換をするだけ、良いものの情報を向こうの情報と交換するだけです。向こうが良いと思えば取り入れるし、そのためには海外のこともきちんと見て理解することが大事だと思っています。海外の文化も、日本の文化も、実際に回ってみて、自分で理解して『だったらこうだな』と考えています。自分が勉強に時間を使わない限り、何もできないと思います」

    「旅がなければ僕の人生は成り立たないくらい。いろいろなものを見て、いろいろな人と出会って、それがアイデアになってやりたいことが生まれてきます。今はネットで何でも出てくる時代ですが、自分の五感を使って初めてわかることがあって、今の時代だからこそ経験するということがすごく大事だし、日本は五感を刺激する環境としてすごく恵まれていると思います。自分の五感が鍛えられると感じますし、それがなければそこに真実はないと思っています」

    1年前、日本酒イベントを開催する中田氏に話を聞く機会があった。その際も中田氏は、実際に自分の目で見て、実際に人に会うことの大切さを語ってくれた。経験することの大切さ、この人の信念はいつもブレない。
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    http://bylines.news.yahoo.co.jp/asanoyusuke/20170122-00066857/
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    1:Egg ★@\(^o^)/:2017/01/18(水) 21:32:23.63 ID:CAP_USER9.net
    元サッカー日本代表の中田英寿氏(39)が18日、都内で行われた「シーバスリーガル18年 ゴールドシグネチャー・アワード 2017 Presented by GOETHE」の授賞式に出席した。

    このアワードは、スコッチウイスキー「シーバスリーガル」で知られるペルノ・リカール・ジャパン社と雑誌「GOETHE(ゲーテ)」を出版する幻冬舎が主催するもので、本業のビジネスの成果を通して社会に活力を与えると同時に、社会貢献した人物に贈られる。2011年から始まり、今回で7回目だ。

    中田氏は、事業会社の代表として日本酒を世界に広める活動が主に評価され「ビジネスイノベーション カルチュアル部門」を受賞した。

    現役時代、帰国時のファッションが“成田コレクション”と称された中田氏だけに、この日もスタイリッシュなスーツ姿で登場。「僕は好きなことをやっているだけなので、ビジネスは二の次です」とクールにコメントした。

    中田氏といえば先日、国際サッカー連盟(FIFA)の評議機関であるIFAB(国際サッカー評議会)でサッカー諮問委員を務めることが明らかになったばかりだ。そのことをMCから問われると、うれしそうにこう語った。

    「IFABではサッカーのルールを決めるんですが、面白い。この間もビデオジャッジを導入する話が出たんですが、カメラ設置にもコストがかかる。どのレベルで入れるのか。1部なのか2部なのか。あるいはレフェリーの権限とどっちが上なのかなどが議論されていて面白い。サッカーのことをやっているのに、サッカーと関係ないことまで勉強していますから」

    だが、指導者や解説者などについてはまるで興味なし。「僕はサッカーやるのは好きだけど、コメントしたり、教えたりするのは好きじゃない」とキッパリ。

    「今後、サッカー界をこうしたいという考えはありますか」と問われても「全くないです」と“中田節”は相変わらずだった。

    東スポWeb 1/18(水) 21:18配信
    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170118-00000059-tospoweb-ent

    写真
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    1:YG防衛軍 ★@\(^o^)/:2017/01/10(火) 13:12:31.29 ID:CAP_USER9.net
    元日本代表の中田英寿氏が年間ベストイレブンのプレゼンターとして登壇した。黒いスーツ姿の中田氏は、GKノイアー(バイエルン・ミュンヘン)やロナルドらに銀色のトロフィーを手渡した。

    中田氏からトロフィーを受け取ったモドリッチ(レアル・マドリード)は「素晴らしい選手たちと一緒にこの場に立つことができて誇らしい」と喜びを語った。(共同)

    http://www.sankei.com/sports/news/170110/spo1701100008-n1.html
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    1:湛然 ★@\(^o^)/:2017/01/07(土) 05:09:32.50 ID:CAP_USER9.net
    サンケイスポーツ 1/7(土) 5:00

    元サッカー日本代表MF中田英寿氏(39)が、国際サッカー連盟(FIFA)の諮問機関で競技規則などを決める「国際サッカー評議会(IFAB)」の諮問委員にアジア代表として任命され、既に活動していることが6日、分かった。FIFAからオファーを受けて快諾したもの。

    また、10日のFIFA理事会で討議される2026年大会(場所は未定)のW杯出場国枠拡大について、中田氏が賛成の立場であることも判明。世界が熱狂するW杯に影響力を及ぼしそうだ。

    日本、そしてアジアの代表として、世界のサッカーを“改革”する。中田氏が、FIFAの諮問機関「IFAB」の諮問委員に任命されていたことが明らかになった。

    「日本の選手では初めてだと思います。FIFAの新会長が、選手経験者の意見を積極的に取り入れていこうという立場であることから、オファーが届いたようです」

    日本協会関係者が説明した。前FIFA会長のゼップ・ブラッター氏(80)が汚職問題で活動停止になったことを受け、昨年2月にジャンニ・インファンティノ氏(46)が新会長に就任。組織の浄化を進める中で、世界的に活躍した中田氏にアジアの顔として白羽の矢が立った。

    IFABとはW杯、各国リーグなどのルール、競技規則を決める組織。諮問委員には元フランス代表MFクリスティアン・カランブー氏(46)、元審判員のピエルルイジ・コリーナ氏(56)ら各大陸連盟の代表が名を連ねる。

    FIFA技術部門トップの元オランダ代表FWマルコ・ファンバステン氏(52)も加わり、定期的に会議を開催。昨年12月のクラブW杯で話題になったビデオ判定も同組織での討議で決まった。

    そんな要職に就く中田氏が、FIFAが提案し、IFABを含むサッカー界の検討課題となっている2026年大会のW杯出場国枠拡大(32→40または48)について、賛同の意思を表していることも判明した。

    「自分自身も1998年フランスW杯の時に24から32へ国が増えたことで、アジアの第3代表として初めて出場でき、その後のイタリア移籍に繋がった。

    さまざまな国や多くの選手に可能性が広がることは、世界のサッカーの発展のためにはいいことだと思う」と、近く発表されるスポーツ専門ネットメディア「VICTORY」のインタビューで明かした。

    さらに「大会のクオリティーの面でも選手の立場で考えても、最大試合数が変わらず、ノックアウト方式の試合が増える形なので問題ないと感じている」と強調した。出場枠拡大問題が討議される10日のFIFA理事会を前に、選手を代表した前向きな発言は大きな影響を与えそうだ。

    2006年の現役引退後はサッカーを離れた活動が多かった中田氏だが、指導者やクラブ経営者とは違った立場でサッカーの発展に寄与したいとの思いは強いという。
    知名度、発言力はアジア随一。スイス出身の新会長とはイタリア語で直接やり取りできる関係で、FIFA内部でも今後、存在感を増していく可能性は十分にある。


    ・FIFA諮問機関の要職に就いた中田氏。W杯出場枠の拡大など、発言力に注目が集まる(写真:サンケイスポーツ)



    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170107-00000502-sanspo-socc.view-000
    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170107-00000502-sanspo-socc
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    1:Egg ★@\(^o^)/:2016/12/29(木) 12:58:07.44 ID:CAP_USER9.net
    【武田修宏の直言!!】

    2016年の日本サッカー界はパッとしなかったね。今月、J1鹿島がクラブW杯で決勝に進み、レアル・マドリード(スペイン)を追い詰める大健闘を見せたけど、日本代表レベルでは苦戦ばかりだったでしょ。

    女子代表のなでしこジャパンはリオ五輪に出場できなかったし、本大会に出た手倉森ジャパンも1次リーグで敗退。ロシアW杯アジア最終予選を戦う日本代表もふがいない試合を続け、バヒド・ハリルホジッチ監督(64)の解任論まで騒がれてと、大きな成果は出ていない。

    国際舞台で結果を出すためには国内サッカーの質を高めるしかない!特に停滞しているJリーグがレベルアップしなければ、各代表チームの苦戦は続くんじゃないかな。そうならないように、今こそ日本サッカー協会とJリーグ事務局は、しっかりとしたビジョンと強化方針を決めないとダメだよね。

    ハリルジャパンがロシアW杯に向けて世代交代を進めているように、日本サッカー界も若い人材が引っ張っていくようにならないといけない。例えば元日本代表MF中田英寿氏(39)や同FW高原直泰(37=沖縄SV)のような世界を知る人材が事務方に参入しないと、日本サッカーは変わらないのかもね。

    他にもラモスさん(瑠偉=59)やカズさん(三浦知良=49、J2横浜FC)とか現場をよく知る元スター選手や功労者を登用し、経営のプロと言われる方々と議論を重ねていけば、良い方向に進んでいくはず。来年は日本サッカー界に明るいニュースが続く年になってほしいね。

    ☆武田修宏:たけだ・のぶひろ=1967年5月10日生まれ。静岡県出身。幼少期から「天才少年」と呼ばれたストライカー。名門・清水東(静岡)から86年に読売クラブ(現東京V)入り。ルーキーながら11得点を挙げ、リーグVに貢献し、MVPにも選出された。

    Jリーグ発足後はV川崎や磐田、京都、千葉などでプレー。00年には南米パラグアイのルケーニョに移籍。01年に東京Vに復帰し、同シーズンで現役引退した。Jリーグ通算は94得点。JSL時代も含めれば152得点を挙げた。87年に日本代表に選出。93年米国W杯アジア最終予選でドーハの悲劇を経験した。

    東スポWeb 12/29(木) 11:21配信
    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161229-00000001-tospoweb-socc
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    1:Egg ★@\(^o^)/:2016/12/21(水) 19:50:08.16 ID:CAP_USER9.net
    AFC公式サイトが97、98年のアジア年間最優秀選手賞を受賞した中田を紹介
     
    先日、今年のアジア国際最優秀選手賞にレスター・シティの日本代表FW岡崎慎司が選出されたが、アジアサッカー連盟(AFC)は公式サイトで過去の年間表彰選手を振り返り、1997年と98年にアジア年間最優秀選手賞を受賞した元日本代表MF中田英寿を、「現在に至るまでアジアサッカーの価値を高めた真のアイコン」として、改めてその先駆者ぶりを特集している。

    中田は95年にベルマーレ平塚(現・湘南ベルマーレ)でプロデビューすると、98年フランス・ワールドカップに初出場した日本代表の一員としてプレー。その後の夏の移籍市場でイタリアのペルージャに渡った。

    「相対的にあまりにも無名なチームからやってきた彼は、ほとんど独力で気候、異なる文化、根本的に異なるサッカーのなかでチーム内での信頼を勝ち取った」と評されたように、移籍後の初シーズンでは開幕戦で強豪ユベントスと激突し2ゴールという衝撃的なデビューを飾った。

    渡欧1年目で年間10得点(うちPK4得点)を挙げ、イタリアの有力スポーツ誌「グエリン・スポルティーボ」が選出するセリエA初年度の外国人選手を対象にした「サプライズ賞」に選ばれた。

    ローマで歴史的な優勝メンバーの一員に
     
    中田は「スポンサーや観光客を連れてくる日本人選手」という理由ではなく、一人の優れたサッカープレーヤーとしての評価を高め、2000年にはローマに移籍。翌シーズンにはイタリア代表FWフランチェスコ・トッティとのポジション争いや外国籍選手枠に苦しみながらも、首位ユベントスとの直接対決で0-2のビハインドから鮮烈なミドルシュートを決めると、試合終了間際にも中田のシュートのこぼれ球から同点ゴールが生まれた。このシーズン、ローマは逆転優勝を飾り、現在に至るまでの最後のリーグ優勝となっている。

    その後、中田は当時のアジア人選手の移籍金最高額となる600億リラ(当時のレートで約33億円)でパルマに移籍。その後にフィオレンティーナやボローニャ、イングランドプレミアリーグのボルトン・ワンダラーズなどを渡り歩き、2006年のドイツ・ワールドカップを最後に29歳の若さで引退した。

    AFCの記事で最も高く評価されているのが、その先駆者としての存在価値だ。中田の後には韓国代表MFパク・チソンや日本代表MF香川真司、同FW本田圭佑などが欧州のビッグクラブでプレーしてきている。しかし、中田の存在なしにはそうした後進たちの活躍はあり得なかったとした。

    「中田が生み出した流れは現在にまで至る」

    「中田は常に先駆者であり、壁を打ち破ってヨーロッパのクラブがマーケティング目的ではなくアジア人選手の獲得が有用であることを示した。アジアサッカーにとって中田の引退は間違いなく早すぎたが、彼が生み出した流れは現在にまで至る。アジアの才能がグローバルな舞台で活躍し、現在に至るまでアジアサッカーの価値を高めた真のアイコンは、間違いなく中田である」

    引退から10年が経った今でも、欧州で最も有名な日本人サッカー選手は中田であり続けている。それは、彼が「レベルの劣るアジアから来た選手」というレッテルをプレーによって打ち破ってきたからにほかならない。日本サッカーだけでなく、アジアサッカーの功労者として、中田は現在も評価され続けている。

    Football ZONE web 12/21(水) 19:12配信
    http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20161221-00010015-soccermzw-socc&p=1

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    1:YG防衛軍 ★@\(^o^)/:2016/11/03(木) 20:52:49.24 ID:CAP_USER9.net
    鹿児島県内113蔵元の焼酎が一挙に集まった日本最大級の焼酎イベント「焼酎ストリート」が開催。11月2日のトークイベントに元サッカー日本代表の中田英寿さんと同じく元サッカー日本代表で鹿児島県出身の前園真聖さんがゲストとして登場した。

    【写真を見る】「前園さんにお酒を教えてもらって以来、すっかりお酒の魅力にはまってしまった」という中田英寿さん


    トークイベントには、2人に加えて、蔵元を代表して小牧醸造の小牧尚徳さんが参加し、焼酎の魅力について語り合った。

    中田さんの乾杯の音頭で会場の人々が一斉に乾杯をし、トークがスタート。現役引退後、全国250以上の酒蔵にを運び、日本酒や焼酎など、日本のお酒の魅力を発信し続ける中田さんは「鹿児島では焼酎は文化だと聞いています。しかし、全国や世界に発信していくためには、もっと焼酎のことを伝えていかないといけないと思います。食事には何が合うのか? グラスはどんなもの良いか、などです。焼酎に合う食文化を鹿児島から発信していくのが良いと思います」と自身の経験から鹿児島焼酎を全国に広めるアドバイスを送った。

    一方の前園さんは「引退して鹿児島には来る機会が多くなりました。そして来るたびに鹿児

    島がどんどん好きになっています。鹿児島の素晴らしい文化をもっと多くの人に知ってもらいたいですね。焼酎がそのようなきっかけになれば嬉しいです」と笑顔で語った。

    20年来の友人関係にある中田さんと前園さん。初めて前園さんにお酒を教えてもらって以来、すっかりお酒の魅力にはまってしまったという中田さんに対し、前園さんは「僕は未だ飲めません!」と返し、会場の笑いを誘うと、会場からは前園さんの禁酒解禁を求める声が上がるなど、大きな盛り上がりをみせた。

    小牧醸造の小牧さんが「これだけ大勢の人が来てくれて、作り手冥利に尽きます。昨年の焼酎の出荷量は宮崎に追い抜かれましたが、鹿児島焼酎をもう一度全国に知らしめたい」と決意を表明すると、中田さんと前園さんは「来年の焼酎ストリートにも2人そろって帰ってきます」と宣言。来年も鹿児島に帰ってくることを誓い、会場を後にした。

    「焼酎ストリート」は11月1日から3日まで、鹿児島県鹿児島市天文館で開催された。【ウォーカープラス編集部/浅野祐介】
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    http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20161103-00000054-tkwalk-life
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    1:YG防衛軍 ★@\(^o^)/:2016/09/24(土) 17:21:53.26 ID:CAP_USER9.net
    英紙『Guardian』が「20代で自ら引退を選んだ6人のサッカー選手」という企画記事を配信していた。そのなかで、まっ先に紹介されていたのは元日本代表MF中田英寿だった。

    先駆者としてセリエAに挑戦し道を切り開いた“ヒデ”は、2006年のW杯終了後29歳の若さで現役から退いた。その彼について、同紙ではこのように伝えていた。イタリアにいた選手について、そのニックネームから多くを語ることができるだろう。ハビエル・サネッティは「El Tractor」と呼ばれ、デル・ピエロは「Pinturicchio」とのあだ名が付けられた。

    絶え間なく髪(型や色)を変えたヒデトシ・ナカタはピッチ上に常に目立っていた。

    その並外れた才能によってすぐさまペルージャやローマ(そこで彼はセリエA優勝を果たした)のファンたちを虜に。そして、皆彼を「The Little Jewel」と評した。

    彼はピッチ外ではマーケティングを夢見ており、2001年に1800万ポンド(現レートで23.4億円)でパルマへの移籍が発表された日には約400万人もの人々が彼のHPにアクセスしようとした。

    だが、大きな成功を収めつつ、より大きな空虚を残した。バロンドールに3度ノミネートされた彼は2006年W杯での最終戦となったクロアチア戦(実際はブラジル戦)の後に29歳での引退を発表すると、世界が仰天した。

    「プロサッカー界から引退するだろうということは半年前に決めていた」と書いたナカタ。

    「日に日にフットボールはビッグビジネスになっていると理解した。楽しむためではなくチームは金のためだけにプレーするものだと感じられた。常にチームを大きな家族のように感じてきたけれど、そうではなくなってしまった。悲しかったし、それが止めることにした理由さ」。

    日本で崇拝されるナカタは30代になっても大きなスポンサー契約を維持し、モデルや様々な慈善団体の大使として活動した。

    39歳になった今は酒の会社を経営している。

    その他に紹介されていたのは、デイヴィッド・ベントリー(元イングランド人MF)、マリオ・デ・カストロ(元ブラジル人FW)、ピーター・ノウルズ(元イングランド人FW)、エスペン・バードセン(元ノルウェー人GK)、カルロス・ロア(元アルゼンチン人GK)の5名。

    ちなみに、マリオ・デ・カストロは所属チームのディレクターが相手ファンから射殺された後、それに抗議する形で26歳で現役を引退。医師の資格を持っていたという彼はそれ以降医療に従事し、1998年に92歳で亡くなったという。

    イングランドU-23代表の経験を持ち最高の才能と評価されていたピーター・ノウルズは宗教上の理由で23歳で引退。リヴァプールへの移籍を断ったこともあったとか。

    そして、エスペン・バードセンは1998年W杯のノルウェー代表でもあったGK。

    トッテナムやワトフォード、エヴァートンに所属したものの、常に控えという立場だった。それに飽きて、十分に稼げないと見切りをつけた彼は25歳で転職。学位を取得後、金利スワップ、外国為替、株などを扱い、10億ドル(1003億円)近い資金を動かすようになったとか。
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    http://qoly.jp/2016/09/24/footballers-who-voluntarily-retired-in-their-20s?part=2
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