海外サッカー日本人選手速報 WORLD SAMURAI

海外で活躍している日本人選手の情報を中心にお届けします

    タグ:中村俊輔

    1:Egg ★:2018/04/13(金) 19:10:38.24 ID:CAP_USER9.net
    --西野朗氏(63)が日本代表監督に就任

    清水「彼はオレの1学年下で同じ埼玉生まれだから、よく試合をしたよ。背が高いのにパスも出せるうまい選手だった。とにかくモテたね。西野が出る試合は、ジャニーズのコンサート会場みたいで、あちこちから黄色い声援が飛んでいた」

    「変わるだろうね。ハリルホジッチ前監督のもとで“反乱分子”といわれた本田(パチューカ)、香川(ドルトムント)、岡崎(レスター)は復帰するだろう」

    --前任者へのあてつけか

    「違うよ。この3人には実績と経験がある。3人を軸にチームをつくらないと間に合わない。W杯ロシア大会開幕まであと2カ月。チームとして活動できるのは正味1カ月くらいしかない」

    --サプライズ招集もありそう

    「可能性は高いよな。たとえば38歳の遠藤保仁(G大阪)。西野はG大阪監督時代に、遠藤を気持ちよく働かせて何度も勝ってきたからね。ハリルさんと違って、がみがみいうことは絶対にない。何もいわず選手に任せきることができる」

    --W杯期間中に40歳になる中村俊輔(磐田)が招集されてもおかしくない

    「いや、残念ながらそれはない。本田と俊輔を一緒には使えないことを、西野もわかっていると思うよ」

    --西野氏といえば、1996年アトランタ五輪でブラジルを破った“マイアミの奇跡”

    「若くて鼻っ柱も強かった前園や中田ヒデをコントロールしていた。選手を乗せることができる。やはり西野しかいなかったね」

    --これでW杯も期待できる

    「あのね、W杯は甘くないよ。1次リーグで対戦するコロンビア、セネガル、ポーランドから大量得点を奪って勝つなんて、まずあるわけない。だろ~? 初戦のコロンビア戦は引き分けの勝ち点1狙い。そんなサッカーをするんじゃないかな」

    ■清水秀彦(しみず・ひでひこ) 1954年11月4日、東京都生まれ。ポジションはMF。浦和市立高、法大、日産サッカー部(現J1横浜)で日本一を経験。93年のJリーグ開幕戦で横浜Mを率い勝利を収めたのを皮切りに、Jリーグ4クラブで監督を務め通算134勝を達成。
    2018-04-13_20h05_10
    http://www.zakzak.co.jp/smp/spo/news/180413/spo1804130008-s2.html
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    1:Egg ★:2018/04/05(木) 18:49:54.87 ID:CAP_USER9.net
    薄暗い照明、黒色の土のグラウンド――1人の選手がボーっと薄く浮かび上がるように立っていた。

    雨上がりでグラウンドには、まだあちらこちらに水たまりが残っており、その選手はスパイクもソックスも泥だらけになりながら、ただ黙々とボールを蹴り続けていた。

    高校を卒業し、大学入学と同時にサッカージャーナリストになることを夢見て筆者が活動を開始した頃に見た風景だ。

    強豪校としてメキメキと頭角を現し始めていた桐光学園の“ナンバー10”中村俊輔を見るべく、そのサッカー部のグラウンドを訪れていた。当時、まだ大学生だった私はグラウンドの中での取材ができず、孤独の中で練習に励む中村を、同じく1人で遠くから見つめていた。

    全体練習が終わり、多くの部員達が引き上げてからも彼はグラウンドに残り、FKの練習をひたすら行っていた。

    1人でボールを数個抱えて一箇所に集め、ゴールに向かってただただFKを蹴る。

    やがて蹴るボールが無くなると、ゴールに入ったボールや外れてグラウンドの一番奥まで転がっていったボールをひとつずつ回収して、再び場所を変えてFK練習を行い、またボールを回収して……。

    次第にボールは泥で重くなり、真っ黒になっていった。

    すると急にしゃがみ込んで、ボールを抱えた。「何をやっているんだろう?」と目をこらして見てみると、彼は素手でボールをひとつずつ丁寧に磨いていた。全部のボールの泥を落として磨き終えると、再び何事も無かったかのようにFKを蹴り始めた。

    中村俊輔を育てたグラウンドが人工芝に。

    まさに「黙々と」という言葉そのままに、何かに取り憑かれたかのようにひたすらFKを蹴っていた中村俊輔。

    あれから21年の歳月が流れて――2018年4月2日。

    彼が汗を流していた桐光学園高校サッカー部グラウンドは、緑色が映える綺麗な人工芝グラウンドとなっていた。

    この日、サッカー部グラウンドが人工芝化されたことでの完成記念式典が行われることになっていた。中村はそこに、OBとして出席していた。

    つづく

    4/5(木) 11:31配信
    2018-04-05_19h34_19
    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180405-00830399-number-socc
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    1:Egg ★:2018/03/08(木) 19:17:21.90 ID:CAP_USER9.net
    ロシア・ワールドカップ(W杯)開幕が6月14日に迫るなか、W杯公式インスタグラムは7日に更新し、アジアサッカーに注目。元日本代表MF中村俊輔(ジュビロ磐田)の写真を使用しつつ、「アジアで最も好きな選手は?」とファンに問いかけている。

    ロシアW杯が迫るなか、W杯公式SNSは日々更新しながら、写真や動画を投稿。大会を盛り上げるための試みを行っている。そんななか、7日には99日後に迫ったW杯に向けてアジアに言及。“99”の数字に引っかけて、「アジアサッカー連盟は、W杯でこれまで99試合に出場している」と記し、アジア勢のW杯通算100試合出場まで残り1試合であるとしている。

    さらに元日本代表MF中村の写真を投稿しつつ、「アジアの国の中で最も好きな選手は?」とファンに問いかけた。中村と言えば、長年日本サッカー界の顔として君臨したレフティーだ。

    2000年2月13日のAFCアジアカップ・シンガポール戦で代表デビューを飾った中村は、同月16日のブルネイ戦で代表初ゴールをマーク。02年日韓W杯では、フィリップ・トルシエ監督率いる日本代表のメンバーから落選する憂き目に遭ったが、以降は日本代表の10番として存在感を放ち、アジアを代表する選手の一人となった。

    中村はW杯に2大会連続で出場し、06年ドイツ大会では3試合1得点の成績を残すもチームはグループリーグ敗退。一方、10年南アフリカ大会では本大会直前に定位置を失い1試合0得点に終わるも、チームはベスト16進出を果たしている。

    その他の候補に挙がった日本人は?

    返信欄では、元イラン代表MFアリ・カリミや元韓国代表MFパク・チソンをはじめ、現韓国代表FWソン・フンミン(トットナム)、オーストラリア代表FWティム・ケーヒル(ミルウォール)などアジア屈指のタレントの名が挙がっている。

    日本人ではMF中田英寿やFW高原直泰(沖縄SV)、MF遠藤保仁(ガンバ大阪)、FW本田圭佑(パチューカ)、MF香川真司(ドルトムント)らの名が並んだ。中村を推す声も多く、「ナカムラは歴代最高」「FKの達人」との称賛も見られた。

    果たしてロシアW杯では、どのアジア人選手が輝きを放つのだろうか。

    3/8(木) 19:02配信
    2018-03-08_19h46_57
    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180308-00010013-soccermzw-socc
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    nakamura

    1:風吹けば名無し:2018/02/04(日) 01:20:59.38 ID:ycKotB290.net
    もう代表戦で4年ぐらい決めてないだろ
    2:風吹けば名無し:2018/02/04(日) 01:21:19.20 ID:RSqPZBMB0.net
    神戸の三田呼ぼう
    3:風吹けば名無し:2018/02/04(日) 01:21:45.32 ID:ORaS7C4D0.net
    デンマーク戦のHNDほんとすき
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    1:Egg ★:2018/01/14(日) 22:07:43.74 ID:CAP_USER9.net
    J2東京ヴェルディに新加入したDF比嘉祐介(28)が14日、ジェフユナイテッド千葉との契約が17年で満了した後、J1横浜F・マリノス時代の先輩のジュビロ磐田MF中村俊輔(39)に「雇ってよ」と相談し、ゲキを飛ばされ、プロサッカー選手としてのキャリア続行につながったと明かした。

    比嘉はこの日、都内で行われた新体制発表会に出席した。取材陣から背番号について聞かれると「背番号は25でいきたかった。俊さんが着けていたので。東京Vでは埋まっていたので、何でもいい」と13番に決めた経緯を語った。

    比嘉にとって、中村俊は「マネしようとしたって出来ない。俊さんや中田英寿さんを見てサッカーを始めた」憧れの存在。12年に横浜でプロデビューした当時、中村俊はキャプテンだった。その後、比嘉が京都サンガFC、千葉と移籍しても試合を見てくれ、話もしばしばする関係だという。

    東京Vへの移籍が決まり、中村俊と連絡を取ったかと聞かれると、比嘉は千葉との契約が満了になった際、電話したと明かした。「『俊さん、もうサッカー出来ねぇから雇ってよ』と、初めてガチに」相談すると「『もう、ちょっと頑張れよ。もっと出来るんだろ』と半分、説教じゃないけど」(比嘉)とゲキを飛ばされたという。

    その後、東京Vからオファーを受け、完全移籍が決まった。電話で報告すると「良かったじゃん。チーム、あったんだ。頑張れよ」と喜んでくれたという。「オファーをもらったのが、うれしかった。自分で先発を勝ち取れば、俊さんも(横浜DF栗原)勇蔵君も、自分の頑張っている姿を見てもらえる」と闘志を燃やした。

    2月25日の開幕戦の相手は、契約満了となった因縁の千葉とホーム味の素スタジアムで対戦することが決まった。比嘉は「スタメンで出られたら最高。楽しみしかない。思いっきり削ります。何もやらせたい。どうせ、あっちもガーっとくる。ファウルをもらわないように、うまくやりたい」とジョークを飛ばした。

    千葉では17年、リーグ戦の出場は8試合にとどまり無得点だったが、11月11日の名古屋戦(3-0勝利)と同19日の最終節・横浜FC戦(2-1勝利)と終盤の大事な試合に2戦連続で先発し、J1昇格プレーオフ進出に貢献。

    昇格を決めた名古屋グランパスとの準決勝(2-4敗戦)ではフル出場した。ファン・エスナイデル監督の厳しい練習、食事制限で体を鍛え「フタを空けてみれば、最後は良かった」と収穫も感じている。

    「開幕戦に勝って、頑張っている姿を見てもらいたい。アイツのクビ、切らなきゃ良かったって言わせたい」と笑みを浮かべた。【村上幸将】
    2018-01-15_08h19_52
    1/14(日) 20:57配信
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180114-00100356-nksports-socc
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    1:Egg ★:2018/01/01(月) 13:28:39.74 ID:CAP_USER9.net
    【能活×俊輔vol.1】マリノス黄金期を築いた2人が語る、中高時代に得たもの



    「炎の守護神」と呼ばれた希代の名GK川口能活(SC相模原)と日本サッカーを代表する天才ファンタジスタ・中村俊輔(ジュビロ磐田)。Jリーグの横浜マリノス(現・横浜Fマリノス)で黄金期を築き、長く支えた日本代表でも揃ってW杯に出場した2人の豪華対談が「THE ANSWER」で初めて実現し、4回にわたって互いのサッカー人生について語り尽くした。

    「レジェンド対談」の第1回は、中学・高校と全国有数の強豪校でサッカーをしてきた川口とクラブチームから当時は新興校だった高校のサッカー部を選択した中村、異なる環境下でプレーしてきた2人が中学・高校時代に得たものとは――。

    ――川口選手は著書「壁を超える」で東海大一中時代を振り返り、「毎日一人だけ居残りで特訓を受け、泣きながら練習していた」と語っていました。クラブチーム出身の中村選手はだいぶ、環境が異なるのでは?

    中村「そうですね。日産FC(現横浜F・マリノスジュニアユース)での練習時間は19時~21時で21時30分にはグラウンドは消灯。自主練をするような時間もありませんでした。練習時間よりも早めに行って、僕らより前に練習をしているジュニアの邪魔にならないようにボールを触ったり、練習後にチームメートとバー当てを競ったりするぐらい」

    川口「バー当てかぁ。中学時代は練習が厳しかったので、それをやる余裕はなかったな。クラブチームはそういう遊び心があっていいよね」

    中村「練習も面白かったですよ。いわゆるエリート集団だったからチームメートの意識が高くて、練習内容からしてレベルが高かった。でも、何となく物足りなさは感じていましたね」

    川口「僕は毎日、立っていられないほどヘトヘトになっていたから、俊とは違う意味で自主練をやろうという気持ちが起きなかった。でも毎日、必死で練習を続けていたら、いつのまにか自信も力もついていましたね。ただ、東海選抜、U-16(日本代表)に選ばれるようになって、ちょっと天狗になってしまった。それで、余計に監督の特訓が厳しくなりました(笑)」

    つづく

    1/1(月) 11:36配信 answer
    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180101-00010002-theanswer-socc
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    1:すらいむ ★:2017/12/19(火) 14:20:11.30 ID:CAP_USER9.net
    俊輔のFK阻む“壁バイト”募集、日給5万円

    アルバイト求人情報サービス「an」は、思わず挑戦してみたくなるような「an超バイト」の新企画として、ジュビロ磐田・中村俊輔選手の“フリーキックの壁”バイトを5名募集する。日給5万円、中村選手サイン入りスパイク、シュート1本阻止につき壁全員に500円のインセンティブを支給。

    この企画はサッカー情報メディア「サッカーキング」とのタイアップにより実現したもの。J1リーグ最多直接FK記録を誇り、世界的な名フリーキッカーランキングに何度も選出されてきた“フリーキックの名手”である中村選手の練習相手として、壁となって立ちはだかる“フリーキック壁バイト”を募集する企画だ。

    壁の経験は一切不問。
    壁を作るだけの簡単な仕事なので、アルバイト未経験、サッカー未経験でも大歓迎だという。

    応募詳細は特設サイト(https://weban.jp/contents/c/cho_baito/nakamura_pc/)など参照。
    2017-12-19_15h12_30
    ナリナリドットコム 2017年12月19日 13時51分
    http://news.livedoor.com/article/detail/14049920/
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    1:Egg ★:2017/12/16(土) 11:50:25.89 ID:CAP_USER9.net
    「プレーイメージを共有できた選手」として、真っ先に挙がった“盟友”高原の名前

    今季J1に復帰した北海道コンサドーレ札幌は、第32節の敵地清水エスパルス戦に2-0と勝利し、2001年以来16年ぶりの残留を決めた。堅守速攻をベースとしたソリッドな戦術で上位チームとも接戦を演じてきたが、そのなかで柔らかなボールタッチとトリッキーなパスで「違い」を生み出し、チーム戦術の幅を広げているのが元日本代表MFの“希代の天才”小野伸二だ。

    ワールドカップや五輪、UEFAチャンピオンズリーグなど大舞台を幾度も経験し、今年でプロ生活20年目を迎えるファンタジスタに、これまで同じチームでプレーした選手の中から、プレーイメージを共有でき、戦っていて楽しかった選手を3名挙げてもらった。

    「やっぱりタカは一緒にやっていて、抜群に面白かったですね」真っ先に名前が挙がったのは、同い年で同じ静岡県出身の盟友である元日本代表FW高原直泰(沖縄SV)だ。

    「彼はそれこそプロになる前からずっと世代別代表で一緒にやってきて、お互いのことをよく分かっているというのもありましたけど、スペースを見つけて走り込む感覚だとか、そのタイミング。そういうのが、自分ともの凄く合っていた。そして点も取ってくれましたしね」

    「すべてが物凄いし、見ているだけで楽しい」そして「プロになってからは、シュンさんですね」と時系列的な理由で2番目に名前が挙がったのは、元日本代表MF中村俊輔(ジュビロ磐田)だった。

    「シュンさんに関してはもう、改めて理由を説明する必要はないでしょう? とにかくすべてが物凄いし、見ているだけでも楽しいですよね」続けて3人目は――というところで、小野が言葉に詰まった。

    「うーん……」
    頭の中に浮かんだであろう複数人の候補から、誰を選出するのか悩んでいるのだろう――と勝手に想像していたのだが、どうやらそうではなかったようだ。

    「他にも一緒にやっていて楽しかった選手はたくさんいます。ただ、タカとシュンさんがあまりにも突出しているから、二人じゃダメですか?」なるほど、小野にとっての高原、中村という存在はあまりにも飛び抜けているようだ。

    ならば、“天才”小野をして「これは敵わないな」と白旗を上げるほどのサッカーセンスを持った日本人選手は?――という問いに切り替えてみると、一人の選手の名前を挙げてくれた。

    「説明しなくてもプレーを見れば分かるでしょ」

    「それはもう、やっぱりシュンさんでしょ。理由もさっきと同じです。説明しなくてもプレーを見れば分かるでしょ、ということ」

    今年9月に札幌ドームで行われたJ1第25節の磐田戦(2-1)で、小野は途中出場ながらも中村と10分ほど同じピッチでプレー。およそ6年ぶりのことで、試合後には「幸せな時間だった」とも口にしている。この時は当然ながら中村はチームメイトではなく対戦相手だったのだが、その時の言葉が本当の意味での本音だったことが、あらためて感じ取れた。

    今季はもう対戦することはないが、来季以降もJ1の舞台で名手二人が同じピッチに立ち、競演する姿を見られる可能性は十分にある。その瞬間を、今から心待ちにしたいところだ。

    斉藤宏則●文 text by Hironori Saito

    12/16(土) 11:30配信
    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20171216-00010007-soccermzw-socc

    写真
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    1:Egg ★:2017/12/12(火) 19:06:02.13 ID:CAP_USER9.net
    【No Ball,No Life】アラブ首長国連邦(UAE)で開催されているクラブワールドカップ(W杯)。日本からはアジア王者のJ1浦和が参戦したが、準々決勝でアルジャジーラ(開催国枠)に敗れ、レアル・マドリード(欧州王者)との対戦は夢と消えた。

    浦和の選手は失望し、日本から駆けつけたサポーター、日本で対戦を心待ちにしていたファンを落胆させてしまった。強いチームが勝つとは限らない。試合は浦和がほとんどの時間でボールを保持し、いつゴールが決まってもおかしくない状況だったが、最後まで1点が遠かった。浦和はサッカーに勝って、勝負に負けた。

    ところでUAEには鉄道がない。移動はバスかタクシーが頼りになる。ガソリンの価格が安いという理由かどうか定かではないが、タクシーは日本に比べて低運賃。

    首都アブダビからアルアインまで、約150キロの距離をタクシー移動しても、日本円で約9000円で済んだ。東京から静岡市内までの距離で、この安さには驚いた。

    記者もこの運賃に魅了され、何度か利用させてもらった。こちらのタクシードライバーはUAE人のほか、周辺国から出稼ぎに来ている人も多い。

    あるUAE人の運転手と車中で話が弾んだ。

    運転手「君は、日本人か?」

    記者「そうですよ。クラブW杯の取材で来ています」

    運転手「そうか、日本人でサッカーがうまい選手がいたな、たしか、NAKAMURA…」

    記者「俊輔?」

    運転手「そう、そう、俊輔だ。フリーキックの名手だったな」

    記者「他に知っている日本人選手は?」

    運転手「そうだな、SHIOTANIは知っているぞ」

    J1磐田MF中村俊輔が世界的にも有名選手だったことを改めて実感した。DF塩谷司はUAEのアルアインに所属。こちらは知っていても当然か。

    運転手「日本はロシアW杯に出場するんだよね、おめでとう!!」

    記者「いやいや、UAEも強いですよ。日本はホームで負けました」

    運転手「でも、UAEは出られないんだ…」

    2022年カタールW杯では、日本とともにW杯に出場できることを切望していた。最後に、こう質問してみた。

    記者「三浦知良、カズを知っているか」

    運転手「カズ? もちろんだよ。50歳だっけ? すごいよ」

    UAEはスポーツといえばサッカー。テレビでも数多くの試合が放送されており、サッカー通が多い。そして日本サッカーを熟知する人も結構いる。日本がW杯に出場することのすごさと、俊輔とカズの偉大さを痛感させられた。(宇賀神隆)
    2017-12-12_20h54_11
    12/12(火) 17:05配信
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171212-00000554-sanspo-socc
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