海外サッカー日本人選手速報 WORLD SAMURAI

海外で活躍している日本人選手の情報を中心にお届けします

    タグ:中村俊輔

    1:Egg ★:2018/10/06(土) 08:40:09.83 ID:CAP_USER9.net
    年明けの1月5日にUAE(アラブ首長国連邦)で開幕するアジアカップ2019。同大会最多4度の優勝を誇る日本代表は、ベスト8敗退の憂き目に遭った4年前の雪辱を期す。始動まもない森保ジャパンにとっては、初の国際トーナメントとなる。
     
    現在、主催するAFC(アジア・サッカー連盟)が公式サイトで展開しているのが、ファン投票で選ぶ「歴代ベストイレブン」だ。過去のアジアカップで活躍した名手たちをAFCが厳選して候補者リストを明示し、一定期間の投票を募って決定する。すでにFW部門が終了し、アリ・ダエイ(イラン)とヤセル・アルカフタニ(サウジアラビア)の2トップが確定した。
     
    そして10月4日から始まったのが、MF部門の投票。10名の候補者リストが公開され、そこに日本から中村俊輔と本田圭佑の2大レジェンドが名を連ねた。公式サイトはまず、中村についてこんな論調を展開している。
     
    「世界的に知られる日本人選手のひとり、シュンスケ・ナカムラは、2000年代のサムライブルー黄金期を支えた中盤のマエストロだ。2000年(レバノン)、04年大会(中国)のアジア連覇に多大な貢献を果たし、後者では大会MVPに輝いた。07年大会(東南アジア4か国)にも出場し、その時は4位で終えている。チャンピオンズ・リーグでゴールを決めた初めての日本人選手であり、07年にはバロンドールの最終候補にも残った」

    続いて本田だ。こちらは11年大会(カタール)での活躍を絶賛されている。
     
    「ケイスケ・ホンダは日本が4度目の優勝を飾ったカタール大会において、文句なしにベストのパフォーマンスを示した。再三に渡って中盤で決定的な仕事をし続け、大会MVPを受賞している。過去10年、サムライブルーの中軸を担ったホンダは、3度のワールドカップでゴールを決めた最初の日本人選手となった。通算37得点は同国歴代4位の数字だ」
     
    他の候補者は、キム・ジュソン、ク・ジャチョル(ともに韓国)、ファハド・アルビシ(サウジアラビア)、アリ・カリミ(イラン)、シャオ・ジャイ(中国)、ナシャト・アクラム(イラク)、ハリー・キューウェル(オーストラリア)、セルベル・ジェパロフ(ウズベキスタン)の8選手。投票期間は10月11日までで、MF部門からは上位4名が歴代ベストイレブンに選抜される予定だ。
     
    この面子であれば中村も本田も選ばれて然りだが──。すでにカリミが全体の91%という異常な得票数を得て、トップを独走している。
    2018-10-06_11h15_01
    10/6(土) 7:49配信 サッカーダイジェスト
    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20181006-00048228-sdigestw-socc
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    1:豆次郎 ★:2018/09/21(金) 14:28:28.22 ID:CAP_USER9.net
    9/21(金) 6:40配信
    Football ZONE web
    人気ゲーム「FIFA19」選定の世界トップ10に元日本代表MF中村がランクイン

    “セルティックのアイドル”中村俊輔、「世界ベストFKキッカー10傑」に選出 1位は…

    サッカーにおいてFKは勝敗を分けるポイントの一つだが、英紙「スコティッシュ・サン」は「『FIFA19』のFKキッカー10傑。セルティックのアイドル、シュンスケ・ナカムラに脚光」と見出しを打って特集し、ジュビロ磐田の元日本代表MF中村俊輔が登場している。


    ランキングは人気ゲーム「FIFA」のシリーズ最新作「FIFA19」の選手レートに基づいて作成。世界の現役フットボーラからトップ10を選出しているが、10位に中村が選ばれている。

    中村は2005年にレッジーナからセルティックに移籍。リーグ優勝3回、リーグカップ優勝2回、スコティッシュカップ優勝を1回達成し、2006-07シーズンにはリーグ年間MVPに年間ベストイレブン、年間ベストゴール賞を受賞した。

    セルティックで公式戦166試合34ゴールを決めた中村だが、そのなかでもファンの記憶に深く刻み込まれているのが、直接FKによるゴールだ。2006-07シーズンのUEFAチャンピオンズリーグで、マンチェスター・ユナイテッドから2試合連続で決めたFK弾は伝説となっている。記事でも「ユナイテッド戦でのセンセーショナルな2本のFKが依然として人気」と紹介した。

    Jリーグでも通算24本のFKを決めており、これは2位の遠藤保仁の決めた17本を大幅に上回るJ1最多記録となっている。

    なお、数多くの名手を抑えて1位に輝いたのは、アルゼンチン代表FWリオネル・メッシだった。ユベントスのポルトガル代表FWクリスティアーノ・ロナウドはランキング圏外となっている。


    人気ゲーム「FIFA19」FKキッカーのトップ10は以下の通り。

    10位 元日本代表MF中村俊輔(ジュビロ磐田)
    9位 アルゼンチン代表FWパウロ・ディバラ(ユベントス)
    8位 オランダ代表FWメンフィス・デパイ(リヨン)
    7位 ドイツ代表DFマルヴィン・プラッテンハルト(ヘルタ・ベルリン)
    6位 スペイン人MFダニエル・パレホ(バレンシア)
    5位 マケドニア代表MFエニス・バルディ(レバンテ)
    4位 ボスニア・ヘルツェゴヴィナ代表MFミラレム・ピャニッチ(ユベントス)
    3位 イタリア代表FWセバスティアン・ジョビンコ(トロントFC)
    2位 トルコ代表MFハカン・チャルハノール(ミラン)
    1位 アルゼンチン代表FWリオネル・メッシ(バルセロナ)

    Football ZONE web編集部
    2018-09-21_15h53_27
    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180921-00136731-soccermzw-socc
    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180921-00136731-soccermzw-socc.view-000
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    1:Egg ★:2018/06/15(金) 15:53:26.78 ID:CAP_USER9.net
    私が語る「日本サッカー、あの事件の真相」第6回



    W杯で輝けなかった「エース」の本音~中村俊輔(2)

    2010年南アフリカW杯に向けて、新しいスタートを切った日本代表はイビツァ・オシム監督が指揮を執った。

    ■ドイツW杯、中村俊輔が明かす「俺が輝けなかった」理由

    中村俊輔は、中田英寿引退後の代表チームにあって、中心選手になっていた。その存在感は、ジーコジャパン時代の中田のような、絶対的なものだった。

    2007年11月、オシム監督が脳梗塞で倒れると、岡田武史監督が代表の指揮官に就任した。

    W杯予選が間近に迫る代表合宿において、岡田監督は中村、中澤佑二、遠藤保仁の3人を部屋に呼んで、「おまえたち3人が(チームの)中心になってやってくれ」と伝えた。中澤がキャプテンになり、経験豊富で試合を組み立てる力がある中村と遠藤がチームのけん引役を任されたのだ。

    「代表のために、代表が強くなるために『何かできないかな』っていう意識が強かった」

    中村は相当な覚悟で、岡田監督が投げた”ボール”を受け取った。

    岡田監督は、前から積極的にプレスをかけてボールを奪い、常にボールを保持する攻撃的なサッカーを推進していた。中村と遠藤は、そのサッカーにおける攻撃の軸となった。

    一方で、チームは世代交代が進み、新しい選手がどんどん入ってきていた。田中マルクス闘莉王、松井大輔、大久保嘉人、今野泰幸、長谷部誠、本田圭佑、長友佑都、内田篤人らだ。

    若い選手たちは野心に燃え、ポジションを争う意欲を隠そうとしなかった。

    当時、中村に最も牙をむいてきたのが、本田だった。オランダのVVVフェンロでプレーしており、まだブレイク前夜だったが、日本の”エース”からポジションを奪うべく、果敢に挑んできた。

    「本田は、他の選手と違っていたね」

    世間にも話題となったのは、アジア最終予選を突破したあとに行なわれたオランダ遠征のときだ(2009年9月)。1試合目のオランダ代表との試合で、FKのキッカーをお互いに譲らずに衝突したのだ。以来、中村と本田は「ライバル」と書き立てられた。

    スコットランドのセルティック所属時、欧州チャンピオンズリーグでマンチェスター・ユナイテッドを震撼させた日本代表の「10番」と、オランダ2部リーグにいたチームを1部昇格に導いた日本の「ニューカマー」との対立図式は、メディアにとって格好のネタとなった。

    中村は、誰かと比較されたり、誰かとライバルという取り上げられ方をされたりしたのは、本田が初めてではない。ジーコジャパン時代は、同じく攻撃的な選手である中田と比較されていた。

    「(メディアでは)ヒデさんとも比較されたけど、どうこうっていうのはなかった。ジーコのときのヒデさんは、特別な存在。(中田が所属していた)当時のローマは、今で言うバルサとかレアルみたいな感じで、そこでプレーできる力と経験を持つ選手は、日本代表には他にいなかった。

    たぶん、代表でプレーするときに(中田が)感じる、俺らへの物足りなさやストレスはすごかったと思う。ヒデさんは徐々に俺たちのレベルに寄ってきてくれたけど、ヒデさんが(本来の)ヒデさんでいられるレベルの選手が(代表には)ほとんどいなかった。

    しかも、本当ならヒデさんがトップ下をやるべきなのに、俺みたいなちょこまかした選手がトップ下をやって、ヒデさんはボランチをやった。同じレベルではなくて、本当に申し訳ないって思っていた」

    つづく

    6/15(金) 11:32配信
    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180615-00010004-sportiva-socc
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    1:シャチ ★ :2018/06/14(木) 18:10:47.00 ID:CAP_USER9.net
    6/14(木) 16:15配信 ゲキサカ
    2018-06-14_18h34_29
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180614-01655042-gekisaka-socc

    ジュビロ磐田は14日、MF中村俊輔(39)が11日に右足関節前方インピンジメント症候群および滑膜炎のために、手術を行ったことを発表した。練習再開まで6週間と診断されている。

    中村は今季はリーグ戦9試合に出場。しかし3月の練習中に左大腿二頭筋を肉離れ。4月には左ヒラメ筋を肉離れするなど、故障が続いていた。
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    1:3倍理論 ★:2018/06/13(水) 21:58:36.93 ID:CAP_USER9.net
    東野幸治(50)がMCを務める日本テレビ「1周回って知らない話」(水曜後7・00)が13日に放送され、「日本を変えた選手ベスト5」を発表。そこには日本サッカー史を変えた、誰もが納得の偉大な5人の名前が並んだ。

    番組ではJリーグOBや新聞記者、指導者など、サーカーの有識者50名にアンケートを依頼。それぞれ「日本を変えた選手」と選考理由を挙げてもらい、票数の多かった5人をランキング形式で発表した。

    まず、第5位にはジュビロ磐田・中村俊輔(39)がランクイン。世界に誇るフリーキックの名手として、多くの票を集めた。

    第4位は1968年・メキシコ五輪で銅メダル獲得の立役者となった釜本邦茂氏(74)。日本代表で75得点を挙げており、現在もなお歴代最多得点記録を保持している。

    第3位は横浜FC・“カズ”こと三浦知良(51)が入った。50歳を越えたいまも現役を続ける、まさにレジェンドというべき存在だ。

    第2位に入ったのは中田英寿氏(41)。選考理由は、世界最高峰の舞台であったイタリア・セリエAで活躍し、日本人が通用することを知らしめたことが挙げられた。

    名だたる英雄が並ぶ中、第1位を獲得したのは澤穂希さん(39)。11年ワールドカップで優勝、12年五輪で準優勝の立役者となり、11年にはアジア人で初となるバロンドール(FIFA最優秀選手賞)を獲得した澤さんが、文句なしの頂点に輝いた。

    日本代表で共に戦った丸山桂里奈さん(35)は、澤さんについて「チームの柱。『私の背中を見てプレーして』とみんなに言って、(その通りに)みんながついていくという感じだった。一番に嫌なことも全部自分でやるタイプなので、(みんな納得して)それについて行った」とコメント。澤さんの実績と人柄に触れ、出演者たちは誰もがうなずくばかりだった。
    2018-06-13_23h41_41
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180613-00000164-spnannex-ent
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    1:Egg ★:2018/04/13(金) 19:10:38.24 ID:CAP_USER9.net
    --西野朗氏(63)が日本代表監督に就任

    清水「彼はオレの1学年下で同じ埼玉生まれだから、よく試合をしたよ。背が高いのにパスも出せるうまい選手だった。とにかくモテたね。西野が出る試合は、ジャニーズのコンサート会場みたいで、あちこちから黄色い声援が飛んでいた」

    「変わるだろうね。ハリルホジッチ前監督のもとで“反乱分子”といわれた本田(パチューカ)、香川(ドルトムント)、岡崎(レスター)は復帰するだろう」

    --前任者へのあてつけか

    「違うよ。この3人には実績と経験がある。3人を軸にチームをつくらないと間に合わない。W杯ロシア大会開幕まであと2カ月。チームとして活動できるのは正味1カ月くらいしかない」

    --サプライズ招集もありそう

    「可能性は高いよな。たとえば38歳の遠藤保仁(G大阪)。西野はG大阪監督時代に、遠藤を気持ちよく働かせて何度も勝ってきたからね。ハリルさんと違って、がみがみいうことは絶対にない。何もいわず選手に任せきることができる」

    --W杯期間中に40歳になる中村俊輔(磐田)が招集されてもおかしくない

    「いや、残念ながらそれはない。本田と俊輔を一緒には使えないことを、西野もわかっていると思うよ」

    --西野氏といえば、1996年アトランタ五輪でブラジルを破った“マイアミの奇跡”

    「若くて鼻っ柱も強かった前園や中田ヒデをコントロールしていた。選手を乗せることができる。やはり西野しかいなかったね」

    --これでW杯も期待できる

    「あのね、W杯は甘くないよ。1次リーグで対戦するコロンビア、セネガル、ポーランドから大量得点を奪って勝つなんて、まずあるわけない。だろ~? 初戦のコロンビア戦は引き分けの勝ち点1狙い。そんなサッカーをするんじゃないかな」

    ■清水秀彦(しみず・ひでひこ) 1954年11月4日、東京都生まれ。ポジションはMF。浦和市立高、法大、日産サッカー部(現J1横浜)で日本一を経験。93年のJリーグ開幕戦で横浜Mを率い勝利を収めたのを皮切りに、Jリーグ4クラブで監督を務め通算134勝を達成。
    2018-04-13_20h05_10
    http://www.zakzak.co.jp/smp/spo/news/180413/spo1804130008-s2.html
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    1:Egg ★:2018/04/05(木) 18:49:54.87 ID:CAP_USER9.net
    薄暗い照明、黒色の土のグラウンド――1人の選手がボーっと薄く浮かび上がるように立っていた。

    雨上がりでグラウンドには、まだあちらこちらに水たまりが残っており、その選手はスパイクもソックスも泥だらけになりながら、ただ黙々とボールを蹴り続けていた。

    高校を卒業し、大学入学と同時にサッカージャーナリストになることを夢見て筆者が活動を開始した頃に見た風景だ。

    強豪校としてメキメキと頭角を現し始めていた桐光学園の“ナンバー10”中村俊輔を見るべく、そのサッカー部のグラウンドを訪れていた。当時、まだ大学生だった私はグラウンドの中での取材ができず、孤独の中で練習に励む中村を、同じく1人で遠くから見つめていた。

    全体練習が終わり、多くの部員達が引き上げてからも彼はグラウンドに残り、FKの練習をひたすら行っていた。

    1人でボールを数個抱えて一箇所に集め、ゴールに向かってただただFKを蹴る。

    やがて蹴るボールが無くなると、ゴールに入ったボールや外れてグラウンドの一番奥まで転がっていったボールをひとつずつ回収して、再び場所を変えてFK練習を行い、またボールを回収して……。

    次第にボールは泥で重くなり、真っ黒になっていった。

    すると急にしゃがみ込んで、ボールを抱えた。「何をやっているんだろう?」と目をこらして見てみると、彼は素手でボールをひとつずつ丁寧に磨いていた。全部のボールの泥を落として磨き終えると、再び何事も無かったかのようにFKを蹴り始めた。

    中村俊輔を育てたグラウンドが人工芝に。

    まさに「黙々と」という言葉そのままに、何かに取り憑かれたかのようにひたすらFKを蹴っていた中村俊輔。

    あれから21年の歳月が流れて――2018年4月2日。

    彼が汗を流していた桐光学園高校サッカー部グラウンドは、緑色が映える綺麗な人工芝グラウンドとなっていた。

    この日、サッカー部グラウンドが人工芝化されたことでの完成記念式典が行われることになっていた。中村はそこに、OBとして出席していた。

    つづく

    4/5(木) 11:31配信
    2018-04-05_19h34_19
    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180405-00830399-number-socc
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    1:Egg ★:2018/03/08(木) 19:17:21.90 ID:CAP_USER9.net
    ロシア・ワールドカップ(W杯)開幕が6月14日に迫るなか、W杯公式インスタグラムは7日に更新し、アジアサッカーに注目。元日本代表MF中村俊輔(ジュビロ磐田)の写真を使用しつつ、「アジアで最も好きな選手は?」とファンに問いかけている。

    ロシアW杯が迫るなか、W杯公式SNSは日々更新しながら、写真や動画を投稿。大会を盛り上げるための試みを行っている。そんななか、7日には99日後に迫ったW杯に向けてアジアに言及。“99”の数字に引っかけて、「アジアサッカー連盟は、W杯でこれまで99試合に出場している」と記し、アジア勢のW杯通算100試合出場まで残り1試合であるとしている。

    さらに元日本代表MF中村の写真を投稿しつつ、「アジアの国の中で最も好きな選手は?」とファンに問いかけた。中村と言えば、長年日本サッカー界の顔として君臨したレフティーだ。

    2000年2月13日のAFCアジアカップ・シンガポール戦で代表デビューを飾った中村は、同月16日のブルネイ戦で代表初ゴールをマーク。02年日韓W杯では、フィリップ・トルシエ監督率いる日本代表のメンバーから落選する憂き目に遭ったが、以降は日本代表の10番として存在感を放ち、アジアを代表する選手の一人となった。

    中村はW杯に2大会連続で出場し、06年ドイツ大会では3試合1得点の成績を残すもチームはグループリーグ敗退。一方、10年南アフリカ大会では本大会直前に定位置を失い1試合0得点に終わるも、チームはベスト16進出を果たしている。

    その他の候補に挙がった日本人は?

    返信欄では、元イラン代表MFアリ・カリミや元韓国代表MFパク・チソンをはじめ、現韓国代表FWソン・フンミン(トットナム)、オーストラリア代表FWティム・ケーヒル(ミルウォール)などアジア屈指のタレントの名が挙がっている。

    日本人ではMF中田英寿やFW高原直泰(沖縄SV)、MF遠藤保仁(ガンバ大阪)、FW本田圭佑(パチューカ)、MF香川真司(ドルトムント)らの名が並んだ。中村を推す声も多く、「ナカムラは歴代最高」「FKの達人」との称賛も見られた。

    果たしてロシアW杯では、どのアジア人選手が輝きを放つのだろうか。

    3/8(木) 19:02配信
    2018-03-08_19h46_57
    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180308-00010013-soccermzw-socc
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    nakamura

    1:風吹けば名無し:2018/02/04(日) 01:20:59.38 ID:ycKotB290.net
    もう代表戦で4年ぐらい決めてないだろ
    2:風吹けば名無し:2018/02/04(日) 01:21:19.20 ID:RSqPZBMB0.net
    神戸の三田呼ぼう
    3:風吹けば名無し:2018/02/04(日) 01:21:45.32 ID:ORaS7C4D0.net
    デンマーク戦のHNDほんとすき
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