海外サッカー日本人選手速報 WORLD SAMURAI

海外で活躍している日本人選手の情報を中心にお届けします

    タグ:中田英寿

    1:Egg ★@\(^o^)/:2017/05/19(金) 18:36:49.81 ID:CAP_USER9.net
    SPALがセリエBを制し、2位ヴェローナが1年でセリエA復帰

    18日にセリエB最終節が行われ、自動昇格とプレイオフへ進出するクラブが決まった。

    すでに前節の試合で昇格を決めていたSPALがバーリを相手に2-1で勝利し、勝ち点を「78」まで伸ばしてセリエB優勝。2位につけていたヴェローナはチェゼーナとスコアレスドローで試合を終え、勝ち点「74」でなんとか2位をキープし、1年でセリエA復帰を勝ち取った。

    一方、プレイオフへ進出するクラブは、3位フロジノーネ、4位ペルージャ、5位ベネヴェント、6位チッタデッラ、7位カルピ、8位スペツィアに決定。6クラブがセリエA昇格の最終枠をかけて争う。そして、ヴェローナと勝ち点で並ぶも直接対決の成績で自動昇格を逃したフロジノーネと、かつて中田英寿氏が所属したペルージャにはシード権が与えられ、前者は6位と7位の勝者と、後者は5位と8位の勝者と準決勝で対戦する。

    2度の経営破綻により、一時はセリエDまで降格していたペルージャが2年ぶりのプレイオフ入りを果たし、2003-04以来のセリエA復帰が手の届く位置まで来ている。はたして、最後のひと枠に飛び込むのはどのクラブになるのだろうか。
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    theWORLD(ザ・ワールド) 5/19(金) 18:31
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170519-00010012-theworld-socc
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    1:@Egg ★@\(^o^)/(★):2017/05/17(水) 07:33:30.46 ID:CAP_USER9.net
    東京国際ユースに参加したボカの選手は、まったく中学生らしくなかった。
     
    トルシエなら「フラットスリー」、ジーコなら「自由」、オシムなら「考えて走る」。日本代表の歴代外国人監督には、それぞれ強化指針となるキーワードがある。現職のハリルホジッチは、もちろん「デュエル」。フランス語で「決闘」を意味する。日本的にいえば「球際の強さ」となるだろう。
     
    昨年11月に行なわれたサッカーダイジェスト誌のインタビューで、指揮官は次のように述べた。「絶対に伸ばさなければいけない要素です。そのためにはトレーニングしかありません。筋力を強化するには頭での理解も大事です。」本気でデュエルを向上させる気があるのか。フィジカルとメンタル、両方からアプローチをすべきです」
     
    少し時間が経ってしまったがゴールデンウィーク中、このデュエルの見本となるような試合を見た。
    東京国際ユース(U-14)の準決勝、東京都トレセン選抜と対戦したアルゼンチンの名門ボカ・ジュニオルスが、デュエルを前面に押し出したゲームを見せてくれたのだ。
     
    ボカの面々は、序盤から東京都トレセン選抜がボールを持って前を向くたびに一気に間合いを詰め、腰から突き刺さるようなタックルを繰り出した。」「ズダ?ン!」と激しい打撃音が駒沢陸上競技場に響き渡り、直後、東京の選手が苦痛に表情をゆがめて倒れ込む。

    こういうシーンが何度か続き、ボカは完全にゲームを掌握した。及び腰になった東京は、自陣から出ることすらままならなくなった。
     
    試合は3-0でボカが快勝。18対2というシュート数が、内容でも圧倒したことを物語る。ちなみにボカは決勝でFC東京を破り、優勝。スコアは1-1、PK5-4と苦戦したが、こちらもシュート数では14対2と圧倒した。
     
    肉弾戦で敵を委縮させるボカの試合運びは、日本ではなかなか見られないものだ。これは肉体を鍛えれば克服できるというものではないと思う。荒々しいタックルの他に、ボカには特筆すべきものがあった。それはたたずまい、振る舞いである。
     
    ひと言でいえば、まったく中学生らしくない。堂々としているというより、ふてぶてしく尊大で傲然としているのだ。一生懸命プレーする東京都トレセン選抜とは、とても同じ年頃には見えなかった。

    ◆U-20代表に望むのは勝利だけでなく…。
     
    ボカのデュエルの強さは、この押し出しの強さと無縁ではない。サッカーは委縮したら負け、文字通り決闘なのだ。そう考えると、ハリルホジッチ監督の悩みは永遠になくならないのかもしれない。日本は教育としてのサッカーを推進し、従順で聞き分けの良い選手を育てようとしているからだ。
     
    日本代表で活躍した「デュエルに強い選手」というと、中田英寿、中澤佑二、田中マルクス闘莉王、本田圭佑あたりが思い浮かぶが、いずれもひと癖もふた癖もある「面倒くさい」男たちだ。日本で少々厄介に思われるような選手でなければ、世界では戦っていけない。
     
    私はいま韓国の港町、釜山で本稿を書いている。今週末に開幕するU-20ワールドカップを観戦するため、一足早く開催国に乗り込んだのだ。実に5大会ぶりの出場となる日本代表に望むのは、勝利だけではない。精神的なデュエルに強い、若者の台頭を心待ちにしている。
     
    取材・文:熊崎 敬(スポーツライター)

    SOCCER DIGEST Web 5/16(火) 17:00配信
    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170516-00025751-sdigestw-socc

    写真
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    1:仙台焼肉 ★@\(^o^)/:2017/04/13(木) 18:33:26.03 ID:CAP_USER9.net
    13日、東京ミッドタウンでサッポロ生ビール黒ラベル「40周年アニバーサリーイベント」が実施され、CMでメインキャラクターを務める俳優の妻夫木聡さんが登壇した。

    今回は黒ラベル40周年を記念して、人気CMシリーズ『大人エレベーター』第27弾に今年40歳を迎えた元サッカー日本代表の中田英寿氏を起用。イベントに登場した妻夫木さんが撮影時のエピソードを披露した。

    撮影は「和気あいあいと進んだ」ようで、実際のCMでもテンポよく会話が進む。「用意してもらった質問案以外にもざっくばらんに話しながら撮影しています。その方の言葉を引き出せたら、という思いで臨んでいる」という妻夫木さんには、今回どうしても聞きたかったことがあったという。

    「若くしてサッカーを辞めたことに対してどう思っているのか。それがすごく気になっていたんです。しっかりと受け応えしてくださった中田さんは、その質問にも答えてくださって、『決して嫌いになったわけではないけれど、サッカーを楽しめなくなった自分がいた』という言葉が強く印象に残りました」

    中田氏の言葉に心を打たれたようで、「僕は役者を楽しめなくなったことはないんですけど、もし、そういう思いになったら自分のことを考える時なのかもしれない」と続けた。

    第27弾も“大人”というテーマについて本音で語り合うストーリーに仕上がっており、中田氏が考える大人像や人生観について話している。

    「(これまでCMで共演した)みなさんはとにかく人生を楽しんでいらっしゃる。何が“大人”なのかというはっきりとした答えはないけれど、みなさんどこか“大人”というものに憧れを抱きつつ、今の自分と向き合いながら人生を楽しんでいる。そこ心は僕も大切にしていきたいです」

    同じくイベントに出席した代表取締役社長の髙島英也氏も、中田氏の演技には「40周年にふさわしいゲスト。大人の世界観を見事に表現してくれました」と納得の表情を浮かべた。

    「今年も全国に飲用体験の機会を提供していきたい」とする髙島社長。13日から東京・六本木にある東京ミッドタウン アトリウムで、14日からは大阪・西梅田スクエアでサッポ生ビール黒ラベル『THE PERFECT BAR 2017』を期間限定でオープンする。来場者は1回500円で40種類の中から好きなグラスを選び、「パーフェクト黒ラベル」(1杯とおつまみ付)を体験することができる。
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    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170413-00575767-soccerk-socc
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    1:Egg ★@\(^o^)/:2017/04/11(火) 17:32:42.34 ID:CAP_USER9.net
    サッカー元日本代表・中田英寿氏は、いま日本酒に本気で向きあっている。2006年、29歳で現役を引退。2009年には沖縄の波照間島から日本全国を巡る旅をスタートし、6年半かけて北海道・宗谷岬までたどり着いた。

    「各都道府県、短いところで1週間、長いときは何度も足を運んで1か月以上かけてまわりました。観光地を巡るというよりは、農業や食、伝統工芸、伝統芸能などに携わる人々に出会うための旅です。そこでたくさんの人や文化に触れあい、あらためて日本の魅力を感じたんです」(中田氏・以下同)

    6年半の間で旅に費やしたのは、のべ500日以上。1台の車で約10万kmを走り、2000か所以上を訪問し、1万人以上に出会った。その旅の中でとりわけ彼の心を惹きつけたのが、日本酒だったのだ。

    現役を引退してから11年間、定住する家を持ったことはない。東京から海外、そして国内の地方と飛び回る生活に家は必要ない。旅人が羽根を休めるのは、ホテルか旅館、もしくは飛行機の機内だけだ。そんな旅人生のなかでも、時間さえあれば酒蔵を訪ねている。

    2月初旬、中田氏の九州の酒蔵巡りに同行した。

    「この華やかな香りは、あの酵母を使っているからなんですね」

    「使っているのは硬水ですね。この酒米だと溶けにくいんじゃないですか?」

    どの酒蔵でも最初は、「あの中田英寿が来た!」とお客様扱いされるが、蔵を見学しながら専門的かつ鋭い指摘や質問を続けているうちに、どんどんプロ同士の日本酒談義が盛り上がっていく。出された酒は残さず飲み、地元の肴とともに楽しむ。そして「美味しい」と思ったとき、最後に声をかける。

    「今度、日本酒のイベントをやるんです。ぜひ参加していただけませんか?」

    中田氏は、昨年から、日本全国の銘酒が一同に揃うイベント『クラフト サケ ウィーク』(東京・六本木)を開催している。日本酒への愛情を肌で感じた蔵人たちは、皆喜んでイベントへの参加を約束する。古伊万里酒造の前田悟専務も中田氏の情熱にほだされたひとりだ。

    「酒蔵にいらした時は驚きましたが、中田さんに声をかけてもらったのは本当に光栄です。これまで業界内でがんばってきたつもりでしたが、販路の開拓などでどうしても限界を感じていました。中田さんのように世界を知る人に日本酒業界を引っ張っていってもらえるなら、協力は惜しみなくさせてもらうつもりです」(前田専務)

    こうして全国の148蔵が『クラフト サケ ウィーク』に集結するのだ。

    3月21日、初の地方開催となった『クラフト サケ ウィーク 博多』の初日、午後12時のスタート時点では、あいにく冷たい雨が降っていた。博多駅前に設置された会場は、大きな屋根があるとはいえ、寒さはいかんともしがたい。連休明けの平日の昼間、集客に苦労するのではないかと誰もが心配した。

    だが、間もなく中田氏が会場に現れると、それを待っていたかのように雨が止み、雲間から陽射しが照りこんできた。

    「僕、晴れ男なんですよ」

    そういって笑顔を見せると、酒蔵と料理店の出店を1軒ずつ訪ね、丁寧に挨拶をしてまわる。各酒蔵が提供する酒は3種類ほど。それを1杯ずつすべて飲み、楽しそうに語り合う。

    中田氏の登場とともに増え続けた客も、最初は彼の姿を目で追っているが、いつの間にかそれぞれが酒宴を楽しんでいる。夕方以降は着席、立ち席ともに満席の賑わいとなった。

    中田氏は途中休憩を挟んだものの、イベントが開催されている時間帯はほぼ会場内にいて、地元メディアの取材に応じつつ、プロデューサーとして全体に目を配っていた。

    「プロとしてやるからには、自覚もあるし、責任も感じています。とはいえ、まだ日本酒業界では新人のようなもの。すべてが簡単にいくとは思っていません。10年、20年、もっとかかるかもしれませんが、じっくり腰を据えて取り組んでいきたい。

    この『クラフト サケ ウィーク』を全国各地で開きたいですし、いずれはワインのように世界中の人が日本酒を楽しむようになればいいですね」

    中田氏の本気は伝わってきた。彼が言う“日本酒のポテンシャル”も理解できたような気がする。だが、その本気を感じれば感じるほど、別の思いが湧いてくるのも事実だ。

    つづく

    2017年4月9日 7時0分 NEWSポストセブン
    http://news.livedoor.com/lite/article_detail/12910795/
    2:Egg ★@\(^o^)/:2017/04/11(火) 17:32:52.43 ID:CAP_USER9.net
    あの名将“岡ちゃん”(岡田武史元日本代表監督/現・日本サッカー協会副会長、今治FC代表取締役)も同じ心配をしている。

    「日本酒もいいけど……そろそろ日本サッカーのために現場に戻ってきてほしいですね。彼ほど、純粋にサッカーを愛した選手はいなかった。世界で戦った彼の経験は、日本サッカーの大きな財産だし、彼なら時代の変化に合わせて新しいアイデアをどんどん出してくれるはず。本当は今すぐにでも戻ってきてほしいくらいですよ」(岡田氏)

    勤勉で多才な中田氏なら、サッカーと日本酒のどちらにも真剣に取り組み、さらなる高みに引き上げることができるだろう。日本サッカーの勝利を美味しい日本酒で祝う。そんな日が来ることを期待せずにはいられない。

    ◆なかた・ひでとし/1977年、山梨県出身。日本、イタリア、イギリスでサッカー選手として活躍。W杯には3大会連続出場。2006年に現役引退後は国内外の旅を続け、日本文化復興や東日本大震災の復興などを目的としたチャリティー活動を行なう。

    2016年「JAPAN CRAFT SAKE COMPANY」を設立。国内外で日本酒イベントを行なうなど伝統文化・工芸の普及を目指して活動中。4月7日より東京・六本木ヒルズアリーナにて『クラフト サケ ウィーク』を開催。全国から中田氏自身が選んだ100種類の酒を楽しむことができる。詳細はhttp://craftsakeweek.com/まで。

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    1:仙台焼肉 ★@\(^o^)/:2017/04/03(月) 19:21:37.13 ID:CAP_USER9.net
    これまでセリエAでプレーしたアジア出身選手について、イタリアメディア『スカイスポーツ』が特集を組み、元日本代表の中田英寿氏ら日本人選手10名を紹介した。

    日本人選手では1994年にFW三浦知良がジェノアに移籍して以来、10名の選手がセリエAに所属した。

    まず初めに、現在ミランに所属するMF本田圭佑とインテルのDF長友佑都が紹介されている。本田については、「オランダで成長しロシアのCSKAモスクワで活躍した選手」で、「ミランでは好不調の波はあるものの良い印象を残した」としている。ヴィンチェンツォ・モンテッラ監督の下では出場機会に恵まれていないが「祖国では疑いようのないスーパースター」であると伝えている。

    長友については、「2010年からイタリアでプレーしている」選手で、「インテルに加入した最初の日本人」だと紹介している。インテルのステファノ・ピオリ監督の下、出場機会が減っており、「彼のお辞儀をしばらく見ていない」と評している。

    続いて2006年にカターニアに移籍したFW森本貴幸だ。「カターニアで”マリモト(森本の愛称)”はユヴェントス戦やローマ戦でゴールを決めた」と紹介している。UAEへ移籍したのち、現在は川崎フロンターレでプレーしていると伝えた。

    MF小笠原満男については、「彼のイタリア移籍は恵まれていなかった」とし、2006-07シーズン、メッシーナにレンタル加入したものの出場は6試合で1ゴールの成績だったと回想している。日本へ帰国後は「日本を代表する選手の1人になった」と報じている。

    トリノに加入したFW大黒将志については、「2シーズンで出場は10試合」と出番は少なく、「得点を挙げることすらなく、(ウルバーノ)カイロ会長によるマーケティング目当ての移籍だった」と伝えた。

    FW柳沢敦は2003年、サンプドリアに加入した。「イタリアで名を刻むことはできなかったものの、日本では鹿島アントラーズで通算70ゴールを決めたスターだった」と紹介している。サンプドリアでは15試合に出場するも0ゴールに終わり、メッシーナでも「期待外れだった」と伝えた。

    一方、レッジーナにおけるMF中村俊輔の貢献は称賛されている。「優雅な左足で、フリーキックは決定的だった」と伝えた。2002年、セリエAに昇格したばかりのレッジーナで80試合に出場し11ゴールを挙げた。セルティックへ移籍後の成功も伝えており、チャンピオンズリーグでゴールを決めた最初の日本人選手であると紹介している。

    1999年にはMF名波浩がヴェネツィアに加入した。名波は24試合に出場し、ウディネーゼ戦で1ゴールを決めている。

    セリエAで活躍した日本人選手の中で、現在でも最高の評価を受けているのは、中田英寿だ。1998年からイタリアでペルージャ、ローマ、パルマ、フィオレンティーナ、ボローニャと渡り歩き、7シーズンを過ごした。「10年前にサッカー界を引退したものの不滅の選手だ」と評価している。

    最後に1994年に日本人選手として初めてセリエAに加入した三浦知良を紹介した。イタリアにおける「アジア選手のパイオニア的存在」とし、イタリアサッカーへの橋渡しになったと伝えている。今年所属先の横浜FCで達成した50歳14日での最年長ゴール記録についても触れている。
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    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170403-00000015-goal-socc
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    1:砂漠のマスカレード ★@\(^o^)/:2017/03/24(金) 14:26:27.63 ID:CAP_USER9.net
    3月14日、「第12回GINZA FASHION WEEK」オープニングイベントに登場した元サッカー選手の中田英寿氏。ファッショナブルなことでも有名だが、ファッションデザイナーのドン小西氏は唯一の欠点を指摘する。

    *  *  *

    現役時代からナリコレって呼ばれた帰国時のファッションを何度もチェックしてきたけどさ。当時からファッショナブルなことでは、日本のアスリートでナンバーワン。しかもいまだに誰も、この人を超えてないもんな。最近のナリコレっていえば本田圭佑選手が有名だけど、次元からして全然違うって。

    この日もファッションは、カンペキの一言だよ。ブルーのシャツにネクタイで最新のジーンズファッションを提案しつつ、靴にカラシ色を持ってくる心憎いコーディネート。元アスリートだけにスタイルもいいし、着こなしのツボも知ってる。あたしから見ると、一ミリのスキもない、ほれぼれするようなオシャレっぷりだよね。

    ただし、だ。聞いてみると、つきあったら疲れそうだのナルシストだの、世間の女性たちの評判は散々。ファッション界でもリラックスがトレンドになって、この手のスキのないオシャレさんは、浮く存在になりつつあるんだろうね。ま、この人は、今も変わらぬスーパースター。だからこそ、ここらで少し肩の力を抜いたファッションに挑戦してみるのも手なのかも?

    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170322-00000083-sasahi-socc
    dot. 3/24(金) 11:30配信









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    1:YG防衛軍 ★@\(^o^)/:2017/02/22(水) 17:33:53.04 ID:CAP_USER9.net
    サッカー元日本代表の中田英寿氏が、24日放送の日本テレビ系金曜ロードSHOW!特別エンターテインメント『人生が二度あれば』(後9:00)に出演。さまざまな理由でスポーツ界を離れる決断をしたアスリートの、人生の選択の裏にあった背景や想いに迫る同番組。29歳でまだ十分プレーできたにも関わらず引退を選んだ中田だが「自分がサッカーを好きでやっていて、ただ好きの部分が楽しめない時期が長く続いていろんな環境のことがあったりした。だったら一旦休んだほうがいいなと」とその理由を語り、「そしてもしかしたら何年後かに戻る可能性だってあった」と復帰も視野に入れていたことを明かした。

    中田のもとを訪ねたのはピースの又吉直樹。芥川賞作家とワールドカップに3度出場しイタリアセリエA強豪ローマでは日本人初の優勝をするなど「史上最も才能に恵まれたアジア人」とも評される孤高の天才の対談が実現した。日本全国を周り、日本酒や工芸など伝統文化の魅力を世界に広める活動をするなどビジネスマンとしての手腕を光らせている中田に又吉は「サッカーをやっていた時からいろんなことに興味がすでにあった?」と質問をぶつける。

    「昔からいろんなことに興味があって中学生の頃からだけど、特にスポーツやっていると“○○バカ”みたいに言われる。それがすごく嫌いでスポーツもできて勉強もできた、嫌なやつになりたい。昔から格好つける気持ちはすごい強くて、でも当然一番の興味はサッカーだった」と振り返った中田。又吉から「もしかしたら時間置いたらまたやりたくなってきてサッカーやっぱり楽しいからまたやろうという気持ちになるかもしれないってことですか?」と聞かれると「うん」と答えた。

    また番組ではこのほか“ミスタータイガース”掛布雅之の33歳引退理由をサッカー解説者の松木安太郎が聞き手となり、高校野球・大野倫(聞き手・橋下徹)、アマチュア野球・杉浦正則(聞き手・上田晋也)、相撲・花田虎上(聞き手・長島三奈)、高校サッカー・宮本寛(聞き手・ヒロミ)などアスリートとジャンルを問わない著名人による異色のインタビューを通してその秘められた胸の内を明らかにしていく。
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    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170222-00000332-oric-ent
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    1:YG防衛軍 ★@\(^o^)/:2017/02/10(金) 17:10:27.55 ID:CAP_USER9.net
    ロンドンの中心地に建つ、とあるオフィス。そこは多くの有名選手が所属するエージェント事務所である。

    室内には現役、引退した選手を問わず、誰もが知るプレーヤーのシャツが額に入れて飾られている。これまで成功した移籍劇は数知れず。ビッグディールの歴史が、彼らの名誉と信用を高めている。

    その事務所で、プレミアをはじめ各国リーグで活躍中の選手を担当するイギリス人代理人から、ある選手の名が飛び出した。

    「ムトウはケガから復帰したようですね。彼はチェルシーがオファーを出した選手なので名前は知られています。将来的にはプレミアリーグでプレーしたいと話していると聞きました。我々が今後彼と仕事ができる可能性があるかどうかは別にして(笑)、これから注目の選手でしょう」
    ケガの怖さは徐々になくなってきている。

    1月下旬、ウインターブレイクが明けたブンデスリーガ。武藤嘉紀は現在リーグ再開初戦から3試合連続で先発出場を果たしている。1月29日に行われたドルトムント戦では左足を振り抜きゴールネットを揺らしたが、オフサイドの判定で得点は幻となるなど、今年に入ってノーゴールが続いている。

    「状態自体はすごく良い。ケガの怖さも徐々になくなって、体もどんどん動けてきている」

    記者陣の囲み取材でも、前を向いて気丈に話す姿が帰ってきた。2016年は合計3度の右ひざの負傷に見舞われ、満足にピッチに立つことすらできなかった。今季開幕前には「サッカー人生を懸けた1年になる」と話したが、気合と覚悟とは裏腹の状態に直面し、心が折れそうになった。だから今、こうして明るい表情でピッチに戻ってきたことだけでも、好材料に映る。

    ただ、本当の意味で自信を回復するには至ってはいなかった。
    コルドバとの連携はイメージできていたが……。

    ある試合後、武藤は家族を連れてマインツ市内の馴染みのレストランに向かった。苦しい時も隣で支え続けてくれた妻、そして昨年生まれた愛娘を前に、戦いを終えた男の表情は一人の優しい青年に戻っていた。

    食欲は旺盛、目の前の料理をどんどん口に運んでいく。食事が一段落し、自ずとサッカーの話を口にし始めた。

    「ジョン(コルドバ)は中断明けの2試合は出場停止だから、自分にとって今がチャンス。でもジョンが戻ってきても、できれば2トップを組んでプレーしたい。高さのあるジョンの周りを自分が動く。FC東京時代にエドゥ(元シャルケ)と組んでいたようなイメージでできると思う」

    武藤が長期離脱していた間、コルドバはマインツの前線を支えていた。大柄で長身のセンターフォワードと、体の強さを武器にしつつもスピード突破を駆使する自分は良いコンビになれる。体が動けるようになってきたからこそ、どんどんとプレーイメージが湧いている。


    元バルサのボージャンという新たな競争相手が。

    しかし、ある選手の名前を出した時に、武藤は一瞬難しい表情を浮かべた。

    「マリ(10番をつけていたトップ下タイプ)がヴォルフスブルクに移籍したけど、同じタイミングでボージャンが入ってきた。やっぱりそう簡単にはポジションは掴めないということかな……」

    ボージャン・クルキッチ。サッカーファンなら聞き覚えのある名前だろうが、バルセロナ出身のテクニシャンで、かつてはメッシとともにプレーしたアタッカーである。その後、ローマにミラン、アヤックス、ストークと各国のクラブを渡り歩き、キャリア5カ国目となるドイツにやってきたのだった。

    このオフに中田英寿と初対面して受けたアドバイス。

    もちろん武藤は今でも、ある自信を胸にしている。

    「コンディションが万全であれば、ドイツで活躍することができる」

    ただ、どれだけ決意を固めても、その度にケガに直面することで、自分で自分を裏切り続けてしまった過去がある。

    前面に押し出したい自信は、今は心底に沈めておくことしかできない。他の選手が気になってしまう、それが武藤の偽りなき心理状態である。約1年にもわたる辛苦の末、今はどうしても慎重にならざるを得ないのだった。

    このオフ、武藤はある一人の人物と対面していた。中田英寿である。

    共通の知人を介した初顔合わせ。「オーラがすごかったし、刺激的だった」と、その時のことを振り返る。
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    1:YG防衛軍 ★@\(^o^)/:2017/01/31(火) 12:37:09.17 ID:CAP_USER9.net
    セリエAで活躍した中田英寿氏とMF中村俊輔について、イタリアメディア『Calcioweb.eu』が過去を振り返り特集を組んでいる。

    当時の日本サッカーはまだ発展途上であり、イタリアでは観光地に溢れかえる日本人観光客については知られていたものの、セリエAへの日本人サッカー選手の加入は驚きの目を持って迎えられた。

    現在では「イタリアでプレーしたアジア人最高の選手」との評価を受ける中田も、1998年にペルージャへ加入した当時は実力を懐疑する声が多かった。しかし、デビュー戦となったユヴェントス戦(4-3でユヴェントスが勝利)では、ドッピエッタ(1試合2得点)を決める活躍を見せた。このシーズンは32試合に出場し、10得点を決め、チームのセリエA残留へ貢献した。

    その後は2005年まで、ローマ、パルマ、ボローニャ、フィレンツェへと渡り歩き、「イタリアで成功した最初の日本人選手であり、繊細なボールの扱い、素晴らしいテクニック、戦術眼を持つ背番号10の選手だった」と称えられている。

    一方、中村俊輔については、「正確な左足のキックに素晴らしい戦術眼を持つ。繊細なボールタッチが特徴のファンタジスタ」として紹介されている。2002年、中村がレッジーナへ加入すると、本拠地であるレッジョ・カラブリアでは、「ナカムラ・マニア」と呼ばれる現象が起き、町中で歓迎された。

    長靴のつま先に位置する南イタリアの小さな町に突然、取材班や観光客など大勢の日本人が押し寄せたことで、中村が平凡な1選手ではなく、日本のスターであることが伝わった。中村はレッジーナに2002年から2005年まで在籍し、サポーターから愛される存在となった。
    日本サッカーの一時代を築いた中田と中村は現在も、カルチョの本場イタリアで「最高の感動を与えた日本人選手であろう」と伝えられている。
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    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170131-00000009-goal-socc
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    1:YG防衛軍 ★@\(^o^)/:2017/01/22(日) 19:34:27.97 ID:CAP_USER9.net
    元サッカー日本代表の中田英寿氏が1月18日、グランドハイアット東京で開催された『シーバスリーガル18年ゴールドシグネチャー・アワード2017 presented by GOETHE』授賞式に出席した。

    『シーバスリーガル18年ゴールドシグネチャー・アワード』は“本業のビジネスの成果を通して社会に活力を与えると同時に、社会貢献にも寄与された方”に贈られる名誉賞。「JAPAN CRAFT SAKE COMPANY(ジャパン・クラフト・サケ・カンパニー)」の代表を務める中田氏は日本の食文化やものづくりを世界に発信する活動が評価され「ビジネスイノベーション カルチュラル部門」を受賞した。

    授賞式後のトークセッションで、中田氏が受賞の喜び、日本の良いものについての考え、旅への思いを語った。

    「今日ここに経営者として呼ばれていることが、すごく不思議な感じです。サッカーもそうですが、好きなことをやっているだけで、ビジネスとしてうまくいくかは二の次。ただ、好きなことはやり抜けば形になると思っています。逆に中途半端にすると形にはならない。これは絶対だと思います」

    「世界中で和食がどんどん増えていて、和食屋さんがあればそこには日本酒があります。でも、『酒』と頼む人は多いですが、銘柄を指定して頼む人は少ない。実際は1000社以上の会社があって、4~5000くらいのブランドがあると思いますが、海外だけでなく、日本の方でもたいていの方は、そのうち10銘柄もきっと言えないと思います。ただ、逆に言えば、それはポテンシャルがあるということ。ウイスキーもそうですが、ブランドとしてきちんと名前を覚えてもらうのは時間がかかることなので、何十年もやり続けていかなければいけないと思います」

    「世界にも良いものがあって、日本にも良いものがある。どちらが良いか、ということではなく、情報交換をするだけ、良いものの情報を向こうの情報と交換するだけです。向こうが良いと思えば取り入れるし、そのためには海外のこともきちんと見て理解することが大事だと思っています。海外の文化も、日本の文化も、実際に回ってみて、自分で理解して『だったらこうだな』と考えています。自分が勉強に時間を使わない限り、何もできないと思います」

    「旅がなければ僕の人生は成り立たないくらい。いろいろなものを見て、いろいろな人と出会って、それがアイデアになってやりたいことが生まれてきます。今はネットで何でも出てくる時代ですが、自分の五感を使って初めてわかることがあって、今の時代だからこそ経験するということがすごく大事だし、日本は五感を刺激する環境としてすごく恵まれていると思います。自分の五感が鍛えられると感じますし、それがなければそこに真実はないと思っています」

    1年前、日本酒イベントを開催する中田氏に話を聞く機会があった。その際も中田氏は、実際に自分の目で見て、実際に人に会うことの大切さを語ってくれた。経験することの大切さ、この人の信念はいつもブレない。
    2017-01-22_20h51_57
    http://bylines.news.yahoo.co.jp/asanoyusuke/20170122-00066857/
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