海外サッカー日本人選手速報 WORLD SAMURAI

海外で活躍している日本人選手の情報を中心にお届けします

    タグ:中田英寿

    1:砂漠のマスカレード ★@\(^o^)/:2017/09/01(金) 07:50:00.50 ID:CAP_USER9.net
    サッカー元日本代表MFの中田英寿氏(40)が、マニュライフ生命保険のWEB動画番組でナビゲーター(司会進行役)に就任したことが、分かった。

    特別キャンペーンサイト(http://life2.0travelagency.co.jp/)でWEB番組「Life 2.0 TRAVEL」を期間限定で公開。毎回異なるジャンルのゲストが登場し、中田氏が紹介、体験する。

    9月1日に放送が開始される第1回は和食「くろぎ」に“指名”されるなど、和洋問わずプロの一流料理人がほれ込み「村さんのスズキ」で知られる漁師・村公一氏に会うため徳島・鳴門市を訪問した。中田氏はスズキ漁、活き締め、梱包作業など卓越した「技」を体験。獲れたてのスズキと熟成させたスズキの食べ比べも行い、さまざまな表情を見せている。

    中田氏は8月31日に埼玉スタジアムで行われたサッカー日本代表のW杯アジア最終予選・豪州戦を観戦。日本が6大会連続でW杯の出場権を獲得した瞬間を現地で見守った。国際サッカー連盟(FIFA)の諮問機関国際サッカー評議会(IFAB)の諮問委員を務めるなど、世界のサッカー界でも引き続き活躍している中田氏。今回のWEB番組ではもう一つの「顔」である日本文化、日本酒の世界への発信などに携わる実業家ならではの体験談、考え方を披露している。

    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170901-00000500-sanspo-socc
    9/1(金) 7:00配信


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    150982

    1:風吹けば名無し@\(^o^)/:2017/08/22(火) 06:41:34.29 ID:TV3+De0a0.net
    悲しいなぁ
    2:風吹けば名無し@\(^o^)/:2017/08/22(火) 06:43:16.61 ID:AyHOcMLB0.net
    高原
    岡崎

    あとだれ?
    3:風吹けば名無し@\(^o^)/:2017/08/22(火) 06:45:40.78 ID:TV3+De0a0.net
    >>2
    その二人を知ってて中田と香川を知らんのか……
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    soccer120425_1_title

    1:風吹けば名無し@\(^o^)/:2017/08/09(水) 05:15:41.48 ID:UbfqXvkbd.net
    あと一人は?
    2:風吹けば名無し@\(^o^)/:2017/08/09(水) 05:16:05.45 ID:l08AdVgt0.net
    高原
    3:風吹けば名無し@\(^o^)/:2017/08/09(水) 05:16:23.23 ID:IbIHzaYaM.net
    小野
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    1:Egg ★@\(^o^)/:2017/07/26(水) 12:26:44.22 ID:CAP_USER9.net
    かつてローマやフィオレンティーナなどで活躍した元日本代表の中田英寿氏が、自身のキャリアなどを振り返っている。

    現在40歳の中田氏はベルマーレ平塚にてプロデビューを果たすと、1998年に21歳の若さでイタリアセリエAの舞台に参戦し、開幕戦から2ゴールを挙げるなど大活躍。その後もフランチェスコ・トッティ擁するローマやパルマ、そしてイングランドのボルトンなどの名門クラブを渡り歩き、2006年のドイツW杯を最後にピッチを後にしていた。

    日本サッカー界のパイオニアとして常にサムライブルーを牽引してきた“世界のヒデ”は25日、『FIFA.com』のインタビューに応じると、自身のサッカー観など様々な事柄について語っている。

    「そもそも私は自分が優れた能力を持っているとは全く感じていませんでしたし、だからこそ必死でトレーニングする動機が生まれました。手本とする選手? 誰もいなかったですね。なぜなら当時の日本は野球が絶大なパワーを持っていて、サッカーはまだ誕生したばかりという感じだったので、あまり知らなかったんです。だから私には目指すべきアイドルの選手も、好きなチームも存在しませんでした。ただ、漫画の『キャプテン翼』は好きでしたよ」

    90年代後期にイタリアサッカー界の隆盛を肌で感じていた同氏にとって、その後の衰退は驚きだったのかもしれない。

    「私の頃はヨーロッパサッカーといえばイタリアで、世界でも最高峰のリーグでした。私がまだ子供の頃に初めて買ったユニフォームもインテルとミランのものでしたよ。だからこそ、イタリアのペルージャから誘いが来た時はすぐに『イエス』と言いましたね」

    『FIFA.com』は記事の中で同氏を「日本サッカー界のアイコン」と評し、“唯一無二の存在”とも絶賛。最後に中田氏はW杯ドイツ大会後の早すぎる現役引退についても「サッカーの世界から離れる時は、その年齢に関わらず、いつも辛いものです。受け入れることは決して簡単じゃない」と回想している。
    2017-07-26_13h50_58
    7/26(水) 12:18配信
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170726-00010001-theworld-socc
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    1:Egg ★@\(^o^)/:2017/06/27(火) 15:45:37.24 ID:CAP_USER9.net
    アジア人で最も成功したのは…。
     
    16-17シーズンが終わり、欧州の移籍市場が活況を呈するなか、アジア人選手の価値は日々上がっている。Jリーグからもすでに鎌田大地(サガン鳥栖→フランクフルト)と堂安律(ガンバ大阪→フローニンヘン)が、それぞれヨーロッパへと旅立った。
     
    そんななかで、アジア・サッカー連盟(AFC)が公式サイトで、「アジアのサッカー史に残る5大移籍」という特集を組んでいる。欧州の舞台に挑戦したパイオニアたちの名前が列挙されるなかで、日本人として唯一紹介されたのは、1998年に平塚ベルマーレからイタリアのペルージャへと渡った中田英寿だ。
     
    果敢なドリブル突破と鋭いスルーパス、さらには強烈な個性を持ち合わせていた中田は、フランス・ワールドカップ後の1998年夏に21歳でペルージャへ。そんな中田の挑戦についてAFCは、「日本サッカー界の先駆者。岡崎慎司、香川真司、本田圭佑などサムライブルーの戦士たちがヨーロッパで活躍するための道を開いた」と称賛している。
     
    さらに中田が2000年にローマへ移籍した後の動向についてもまとめており、「彼はジャッロロッソ(ローマの愛称)で2001年にクラブ史上3度目のセリエA優勝の手助けをした」と、アジア人で唯一のスクデット獲得という功績を称えた。
     
    また、同特集では中田以外にも元イラン代表のアリ・ダエイ、元韓国代表のパク・チソン、元中国代表のスン・ジーハイ、そして現役選手で唯一、イラク代表でウディネーゼに所属するアリ・アドナンが「イラク人で最初のセリエA戦士」として紹介された。
     
    なかでも、京都サンガから欧州に羽ばたいたパク・チソンについてAFCは、そのアジア・サッカーにおける貢献度の高さを絶賛している。
     
    パク・チソンは2002年に京都からオランダのPSVに移籍。韓国代表でも師事したフース・ヒディング監督の下で主力として活躍する。そして、当時のアレックス・ファーガソン監督から誘いを受けて2005年にマンチェスター・Uに渡ると、7シーズンでプレミアリーグ制覇やクラブ・ワールドカップ優勝など13個のタイトル獲得に貢献した。
     
    そんな元韓国代表についてAFCは以下のように綴っている。
     
    「ファーガソンは重要な試合において努力を怠らない韓国人をメンバーに選んでいた。それだけにチェルシーと対戦した2008年のチャンピオンズ・リーグ決勝でベンチ外となったのは、彼のキャリアにおいて最悪の出来事だった。とはいえ、プレミアリーグ優勝4回など13個の主要タイトル獲得に貢献したことを考えれば、欧州に移籍したアジア人において最も成功したのは、やはりパク・チソンである」
     
    今やあらゆるツールを通してヨーロッパの主要クラブが各国でスカウトを行なう時代となった。そうした事実を踏まえれば、アジアから欧州に羽ばたく選手はこれまで以上に増える可能性は高い。そのなかで、日本人選手は中田やパク・チソン以上の活躍を見せられるか。期待したい。

    サッカーダイジェスト2017年06月27日
    http://www.soccerdigestweb.com/news/detail/id=27235

    写真




    FIVE OF THE BIGGEST ASIAN TRANSFERS
    http://www.the-afc.com/afc-champions-league-2017/five-of-the-biggest-asian-transfers
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    1:Egg ★@\(^o^)/:2017/06/26(月) 22:41:44.64 ID:CAP_USER9.net
    「トッティと同じ役割のため当初は疑問視も」と回顧。
     
    ローマは6月22日、エジプト代表FWのモハメド・サラーをリバプールに売却した。移籍金は4200万ユーロ(約50億4000万円)で最大800万ユーロ(約9億6000万円)のボーナスがつく。合計5000万ユーロ(約60億円)はクラブレコードとなる売却額だ。
     
    2016-17シーズンは公式戦通算で19得点・15アシストを記録したサラーだけに、売却に不満を抱くサポーターも少なくない。だが、FFPを守るためにローマは早期の主力放出を義務付けられており、これだけの金額での売却に一定数のファンが納得しているのも確かだ。彼らが願うのは、その利益がさらなる補強に回ることだろう。
     
    では、ローマがこれまでに大金を投じて獲得したのはどんな選手たちだったのだろうか。ローマ専門サイトの『forzaroma』が現地時間6月25日、1990年以降の歴代トップ10を発表した。あくまでも同メディアによるランキングだ。
     
    堂々の1位は、元アルゼンチン代表FWのガブリエル・バティストゥータ。10年を過ごしたフィオレンティーナを離れ、永遠の都に拠点を移した稀代のストライカーは、入団1年目の2000-01シーズンにセリエAで20得点をマークし、ローマにとって通算3回目となるスクデット獲得に貢献した。
     
    その2000-01シーズンのローマのスクデットといえば、元日本代表MFの中田英寿を忘れることはできない。

    2000年1月にペルージャから加入した中田は、フランチェスコ・トッティとのポジション争いに苦しみながらも、敵地でのユベントス戦で途中出場から1得点を含む2ゴールを演出。天王山でチームを2-2のドローに導き、優勝の立役者として高く評価された。同サイトは、「歴代移籍金ランキング」で5位にランクインした中田を次のように評している。
     
    「ローマのユニホームに袖を通した初の日本人選手は、3回目のスクデット獲得の1年半前に、2000年1月にフランコ・センシ(当時の会長)によって獲得された。中田の獲得に好意的ではない見解もあった。才能あるトップ下、つまりトッティと同じ役割だったからだ。少しの疑問があった。だが、それ以上ではなかった」

    >>2以降につづく
    no title
    サッカーダイジェスト 6/26(月) 16:57配信
    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170626-00027212-sdigestw-socc
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    1:Egg ★@\(^o^)/:2017/05/27(土) 09:28:37.20 ID:CAP_USER9.net
    川口能活、41歳。彼のサッカー人生は、言い換えれば、日本代表の“世界挑戦”の歴史と重ね合わせることができる。絶対に負けられない戦いのなかで、彼はどんなことを考えていたのか。「川口能活クロニクル」と題した、日本サッカー界のレジェンドが振り返る名勝負の知られざる舞台裏――。
     
    第7回:1997年フランス・ワールドカップ アジア最終予選 第3代表決定戦
            日本 vs イラン
     
    ■日本サッカー史上もっとも重要度の高い一戦
    1997年11月16日――。この日は日本のサッカーファンなら誰でも知っていることでしょう。
     
    “ジョホールバルの歓喜”と呼ばれたフランス・ワールドカップ・アジア最終予選・第3代表決定戦は、日本初のワールドカップ行きが懸かった一発勝負の試合でした。
     
    当時、日本サッカー界は“崖っぷち”の状況にありました。4年後、日本は韓国との共催という形で、ワールドカップ開催を迎えることが決まっていました。歴史を振り返っても、自国開催で初出場となる国は一度もありません。サッカー史に残る不名誉な歴史を作ることなんて、誰も望んでいませんでした。
     
    “ドーハの悲劇”から4年。是が非でも、フランス大会で初出場したい――。連日のマスコミ報道の過熱ぶりを見ても、文字通り、日本国民の期待を一身に受けて臨んだ一戦。これまで日本はいろんな大事なターニングポイントとなる試合を迎えてきましたが、重要度で言えば、日本サッカー史上もっとも高いゲームだったと言っても過言ではないでしょう。
     
    ■イランの攻撃力は脅威だった
    当時、僕は22歳でした。若いからこそ勢いでプレーしていた部分はありました。1年前にはアトランタ五輪でブラジルに勝ったという自信もありました。日本中の期待を背負い、重圧と戦うことには慣れていたつもりでしたが、3か月間におよぶ長く厳しい最終予選をただガムシャラに戦ってきて、イランとの第3代表決定戦へとたどり着いたのです。
     
    中立地のマレーシアで開催されたイランとの一戦は、ご存知の通り、延長戦にもつれるほどの厳しい戦いとなりました。
     
    舞台となる中立地マレーシア・ジョホールバルには、およそ2万人の日本のサポーターが駆けつけてくれました。ホームの雰囲気のなかで戦えたのは、僕たちにとって大きな力になりました。
     
    当時、イランはアジア最強だと思っていました。日本は全員がいわゆる国内組の選手でしたが、対するイランは、ダエイ、アジジ、マハダビキア、バゲリなど、ブンデスリーガでレギュラーとしてプレーしている選手が多かった。とくに攻撃力は日本より上とも言われていましたから、無失点で終えることはできないだろうなと思っていました。

    つづく
    2017-05-27_11h29_31
    SOCCER DIGEST Web 5/26(金) 17:25
    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170526-00026144-sdigestw-socc
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    1:Egg ★@\(^o^)/:2017/05/24(水) 15:56:17.82 ID:CAP_USER9.net
    「ウブロ ポップアップブティック表参道」期間限定オープン記念イベントが24日、東京・表参道ヒルズで行われ、日本代表のバヒド・ハリルホジッチ監督、元日本代表MFの中田英寿氏、漫画『キャプテン翼』の作者である高橋陽一氏が出席した。

    日本を代表するサッカー漫画『キャプテン翼』は日本のみならず、世界中で数多くのサッカー選手に影響を与えてきた。中田氏もその一人で、「『キャプテン翼』がなかったら僕のサッカー人生はなかっただろうし、日本サッカー自体もプロ化などいろいろなことが遅れていたと思う」と、その影響力の大きさを指摘する。

    「『キャプテン翼』で描かれていたプレーはだいたい試した」という中田氏はペルージャ時代の98年11月29日に行われたセリエAのピアチェンツァ戦で華麗なオーバーヘッドキックでゴール。中田氏を代表するベストゴールの一つと言われている。

    『キャプテン翼』でオーバーヘッドキックが出てくれば、「すぐに砂場で練習した。小学生のころからずっとやっていた」と少年時代を振り返り、「漫画を読むことでインスピレーションを受けていた。『キャプテン翼』を読んでいなければ、なかったシュートだったと思う」と感謝した。

    高橋氏に対して「漫画で描かれていることは(現実でも)必ずできると思っていた。なので(『キャプテン翼』で日本代表が)W杯で勝つところを描いてもらえたら日本も勝てると思う」と、冗談交じりに要望した中田氏。

    高橋氏は「主人公である大空翼の一番の目標は日本代表としてW杯トロフィーを掲げること。物語もそれを目指して描いているところです」と、笑顔で応じていた。
    2017-05-24_16h36_40
    ゲキサカ 5/24(水) 15:51配信
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170524-01640070-gekisaka-socc
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    1:Egg ★@\(^o^)/:2017/05/19(金) 18:36:49.81 ID:CAP_USER9.net
    SPALがセリエBを制し、2位ヴェローナが1年でセリエA復帰

    18日にセリエB最終節が行われ、自動昇格とプレイオフへ進出するクラブが決まった。

    すでに前節の試合で昇格を決めていたSPALがバーリを相手に2-1で勝利し、勝ち点を「78」まで伸ばしてセリエB優勝。2位につけていたヴェローナはチェゼーナとスコアレスドローで試合を終え、勝ち点「74」でなんとか2位をキープし、1年でセリエA復帰を勝ち取った。

    一方、プレイオフへ進出するクラブは、3位フロジノーネ、4位ペルージャ、5位ベネヴェント、6位チッタデッラ、7位カルピ、8位スペツィアに決定。6クラブがセリエA昇格の最終枠をかけて争う。そして、ヴェローナと勝ち点で並ぶも直接対決の成績で自動昇格を逃したフロジノーネと、かつて中田英寿氏が所属したペルージャにはシード権が与えられ、前者は6位と7位の勝者と、後者は5位と8位の勝者と準決勝で対戦する。

    2度の経営破綻により、一時はセリエDまで降格していたペルージャが2年ぶりのプレイオフ入りを果たし、2003-04以来のセリエA復帰が手の届く位置まで来ている。はたして、最後のひと枠に飛び込むのはどのクラブになるのだろうか。
    2017-05-19_19h20_29
    theWORLD(ザ・ワールド) 5/19(金) 18:31
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170519-00010012-theworld-socc
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    1:@Egg ★@\(^o^)/(★):2017/05/17(水) 07:33:30.46 ID:CAP_USER9.net
    東京国際ユースに参加したボカの選手は、まったく中学生らしくなかった。
     
    トルシエなら「フラットスリー」、ジーコなら「自由」、オシムなら「考えて走る」。日本代表の歴代外国人監督には、それぞれ強化指針となるキーワードがある。現職のハリルホジッチは、もちろん「デュエル」。フランス語で「決闘」を意味する。日本的にいえば「球際の強さ」となるだろう。
     
    昨年11月に行なわれたサッカーダイジェスト誌のインタビューで、指揮官は次のように述べた。「絶対に伸ばさなければいけない要素です。そのためにはトレーニングしかありません。筋力を強化するには頭での理解も大事です。」本気でデュエルを向上させる気があるのか。フィジカルとメンタル、両方からアプローチをすべきです」
     
    少し時間が経ってしまったがゴールデンウィーク中、このデュエルの見本となるような試合を見た。
    東京国際ユース(U-14)の準決勝、東京都トレセン選抜と対戦したアルゼンチンの名門ボカ・ジュニオルスが、デュエルを前面に押し出したゲームを見せてくれたのだ。
     
    ボカの面々は、序盤から東京都トレセン選抜がボールを持って前を向くたびに一気に間合いを詰め、腰から突き刺さるようなタックルを繰り出した。」「ズダ?ン!」と激しい打撃音が駒沢陸上競技場に響き渡り、直後、東京の選手が苦痛に表情をゆがめて倒れ込む。

    こういうシーンが何度か続き、ボカは完全にゲームを掌握した。及び腰になった東京は、自陣から出ることすらままならなくなった。
     
    試合は3-0でボカが快勝。18対2というシュート数が、内容でも圧倒したことを物語る。ちなみにボカは決勝でFC東京を破り、優勝。スコアは1-1、PK5-4と苦戦したが、こちらもシュート数では14対2と圧倒した。
     
    肉弾戦で敵を委縮させるボカの試合運びは、日本ではなかなか見られないものだ。これは肉体を鍛えれば克服できるというものではないと思う。荒々しいタックルの他に、ボカには特筆すべきものがあった。それはたたずまい、振る舞いである。
     
    ひと言でいえば、まったく中学生らしくない。堂々としているというより、ふてぶてしく尊大で傲然としているのだ。一生懸命プレーする東京都トレセン選抜とは、とても同じ年頃には見えなかった。

    ◆U-20代表に望むのは勝利だけでなく…。
     
    ボカのデュエルの強さは、この押し出しの強さと無縁ではない。サッカーは委縮したら負け、文字通り決闘なのだ。そう考えると、ハリルホジッチ監督の悩みは永遠になくならないのかもしれない。日本は教育としてのサッカーを推進し、従順で聞き分けの良い選手を育てようとしているからだ。
     
    日本代表で活躍した「デュエルに強い選手」というと、中田英寿、中澤佑二、田中マルクス闘莉王、本田圭佑あたりが思い浮かぶが、いずれもひと癖もふた癖もある「面倒くさい」男たちだ。日本で少々厄介に思われるような選手でなければ、世界では戦っていけない。
     
    私はいま韓国の港町、釜山で本稿を書いている。今週末に開幕するU-20ワールドカップを観戦するため、一足早く開催国に乗り込んだのだ。実に5大会ぶりの出場となる日本代表に望むのは、勝利だけではない。精神的なデュエルに強い、若者の台頭を心待ちにしている。
     
    取材・文:熊崎 敬(スポーツライター)

    SOCCER DIGEST Web 5/16(火) 17:00配信
    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170516-00025751-sdigestw-socc

    写真
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