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    タグ:小笠原満男

    1:仙台焼肉 ★@\(^o^)/:2017/04/06(木) 16:54:06.55 ID:CAP_USER9.net
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    鹿島MF小笠原満男が次節C大阪戦(4月8日・カシマ)で、J1通算500試合出場を達成する。1998年の同期加入のGK曽ケ端準とともに出場試合数を499とし、J1リーグ史上7人目の快挙達成に王手を掛けている。4月5日で38歳になった小笠原は「数字に興味があるのは記者くらいじゃないの? 興味ないよ」と笑い飛ばし、偉業を前に「カズさん(横浜C)に比べたら、まだまだ子供みたいなもの。どれだけ試合に出たかより、どれだけ勝ったかが大事」とベテランらしく本質を突いてくる。

    出場試合のチーム成績は、262勝89分け148敗で勝率・525。引き分けが日常的にあるサッカーでは驚くべき数字といえる。国内主要3大会で獲得したタイトル数はJリーグ7回、ナビスコ杯5回、天皇杯4回の合計16冠。曽ケ端と並んでJリーガー最多を誇る。それでも「1つタイトルを取ったら、また次も勝ちたくなる。満足することはない」と次の1試合を見つめ「どの大会が重要だとか、どの試合が重要だとか、考えたこともない。目の前の試合に勝つ。それだけ」と姿勢がぶれることはない。今季でプロ入り20年目。その繰り返しが、他の追随を許さない数字につながっているのだろう。

    屈することを許せない性分。試合前に風邪を引いた時は、レモン100個分のビタミンCが含まれる飲料に、わざわざレモン1個を持って来て果汁を搾り、飲み干した。2008年10月に左ひざ十字じん帯断裂で手術を受け、全治6か月と診断された際は「復帰スピードの世界記録に挑戦する」「全治は早めるためにある」と言って、術後148日でピッチに戻った。

    「勝負の鬼」への取材は、とりわけ敗戦後、困難を極める。苦渋に満ちた表情で取材エリアに現れ、何度か会釈をして無言で通り過ぎるのが恒例。鹿島が敗れた試合後、しっかりと口を開いたのは2度しか知らない。2009年6月24日、ACL決勝トーナメント1回戦のFCソウル戦(カシマ)。警告2枚で退場し、チームはPK戦で敗れた。アジア初制覇への道が絶たれ「試合を台無しにして申し訳ない。みんなに謝った」と絞り出した。首から白いタオルをぶら下げ、目は真っ赤に充血していた。

    そして、2016年7月19日のJリーグ・松本戦(松本)。トニーニョ・セレーゾ監督が解任された試合だった。取材エリアではなく、VIP用の出入り口を出てきた小笠原にバッタリ。「(チーム用の)バスどこ?」と聞かれ、まだ運転手がいないと伝えると、厳しい口調で話し始めた。「監督は悪くないよ。やるのは選手だから。鹿島は誰が出ても勝たなきゃいけない。試合に出ている選手に、その自覚と自信がない」と訴え「今の若い子は上から厳しく言われたらシュンとしちゃうから、うまく書いといて」と付け加えた。

    同期のMF本山雅志(北九州)が移籍する前には、オフにもかかわらずクラブハウスに顔を出した。新天地へ向け、自主トレをする本山と一緒に練習するためだった。「もうすぐモト(本山)と一緒にボールを蹴れなくなっちゃうからね。長くサッカーを一緒にしていたいから」。事実上の契約満了でクラブを去る若手選手には「お前、ここから逃げるのかよ」と声を掛ける。「頑張れよ」とは言わない。一見ぶっきらぼうだが、落ち込んでいる若手には「励みの言葉」になると知っているからだ。鹿島のファン感謝イベントの終了後には、地元の東北から出店した店舗の片づけを1時間かけて手伝う姿を見た。

    厳しさと優しさが同居する人柄。DF内田篤人(シャルケ04)ら後輩からは「ああいう男になりたい」という声が絶えない。DF昌子源は「代表やチームで、いろいろなキャプテンと一緒にやってきた。満男さんが『右を向け』と言えば、チームのみんなが右を向く。鹿島どころか、Jリーグのキャプテンみたいに(大きさを)感じる」と明かす。
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    717:U-名無しさん@実況・\(^o^)/です:2017/04/06(木) 00:48:23.74 ID:6k20Eflk0.net
    殺伐としてないで誕生日の小笠原に癒されな
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    1:YG防衛軍 ★@\(^o^)/:2017/01/02(月) 17:30:11.66 ID:CAP_USER9.net
    シャルケ04DF内田篤人が2日、クリスマス休暇を終え、所属クラブに合流するため、成田空港から出国した。元日に行われた天皇杯決勝で古巣の鹿島が6年ぶり5度目の優勝。延長戦までテレビで観戦した内田は「久しぶりに1試合ちゃんと見させてもらいました」とし、鹿島を「憎いくらい強い」「相手だったら邪魔でしょうがない」と試合の印象を語った。

    「川崎も本当に粘って粘って、いい試合を見させてもらいました。川崎にとってはチャンスだったと思うんですね。もちろん知り合いが多い分、鹿島を応援していた訳ですけど、鹿島は連戦だったし。だけど、鹿島は本当に勝つ。よく勝つわ。すげえわ。強いなって思ったし、さすがです」

    静岡県生まれで、鹿島に加入するまでは磐田を応援していた内田。「静岡でジュビロを応援してたんで。そのときもね、よく鹿島が優勝をかっさらって。嫌いだったな。邪魔だなって。嫌なチームだなって。取れるもんは全部取っていくし。何だろう、取り慣れている。何回も見たもん。ああやってカップあげているところ」と見慣れた光景を再び目にし、「やっぱ強いな」と改めて感じさせられた。

    ボールをぶつけられ、MF小笠原満男が川崎のMF中村憲剛に向かって、突進したシーン。小笠原は「パフォーマンスの1つ」と明かしているが、内田は「迫力あったね。やっぱり周りは小笠原さんが行くならって思うよ。永木くんとか、(昌子)源とか。背中を見られるからね。ああいう人の」と分析。「やっぱり見ると鹿島は小笠原だなって」と話した。「ああいう風になりたいな、とは思うけど、あきらかに性格違うからね。かっこいいよね、選手としても人としても」と最後まで鹿島の主将を絶賛していた。
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    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170102-00000119-sph-socc
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    1:Egg ★@\(^o^)/:2017/01/02(月) 14:50:25.12 ID:CAP_USER9.net
    「サッカー天皇杯・決勝、鹿島2-1川崎」(1日、吹田サッカースタジアム)

    鹿島が延長の末、川崎を下して6大会ぶり5度目の優勝を飾り、史上最多を更新する国内主要タイトル19冠目を獲得した。1-1の延長前半4分、途中出場のMFファブリシオ(26)が決勝点を挙げた。初の決勝進出で悲願のタイトルを目指した川崎は準優勝に終わった。大阪で天皇杯決勝が開催されるのは、古河電工(現J2千葉)が優勝した第40回大会(昭和35年)以来56大会ぶり。

    百戦錬磨の計算し尽くされた“演出”だった。両チーム無得点で迎えた前半19分、中盤でドリブルを仕掛けた鹿島MF小笠原満男(37)がファウルで倒された。転がったボールを川崎MF中村憲剛(36)が蹴り返すと小笠原を直撃。激高し、ボールを抱えたまま中村に詰め寄ろうとする小笠原を止めようと、両軍が入り乱れ一触即発の事態となった。

    ピッチ上には張り詰めた空気が漂ったが、当の本人である小笠原は冷静さを失っていなかった。「それもパフォーマンスの一つ。怒っていたわけではなく、そういう細かいところにこだわって流れを引き寄せる、戦うんだというのが大事なこと」。川崎に何度も押し込まれ、劣勢に立たされていた序盤の空気を一変させるため、主将はあえて怒りを前面に出したと説明した。

    再開直後には競り合いの局面で鹿島DF西大伍(29)の足が川崎MF登里亨平(26)の頭部に当たり、再び乱闘寸前となった。だが、小笠原は「駆け引きだよね」と混乱を横目にクイックリスタートを試みるなど勝負に徹し続けた。

    1-1の後半43分にはMFファブリシオと交代でピッチを退いた。「最後までピッチに立てるように」と話す小笠原にとって悔しさがないわけではないが、出場機会を失っていたファブリシオの決勝点には「腐らずに一生懸命努力してきて今日ゴール決めた。本当に見本のような選手。出られなくても一生懸命やるのが大事だということを、彼が身をもって示してくれた」。期限付き移籍の契約が満了となり、この試合を最後にチームを離れる同僚に敬意を込めて労いの言葉を贈った。

    「この経験は絶対に財産になる。これを生かしてさらに強いチームになっていきたい」。19冠の鹿島にあって、小笠原は16個目のタイトルを手にした。37歳のベテランに息づく勝者のDNAこそが、鹿島の勝負強さを体現している。

    デイリースポーツ 1/2(月) 8:46配信
    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170102-00000022-dal-socc
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    1:YG防衛軍 ★@\(^o^)/:2017/01/01(日) 21:32:47.52 ID:CAP_USER9.net
    小笠原の想いを汲んだ石井監督が、天皇杯を高々と掲げる。

    [天皇杯決勝]鹿島2-1川崎/2017年1月1日/吹田S
     
    表彰式で、いよいよ天皇杯を掲げるその時だった。中央で杯を受け取った小笠原は、端にいた石井監督のもとへと行き、指揮官にその大役を託そうとする。
     
    最初は遠慮していた石井監督だが、最後は小笠原の熱心な誘いを受けて、高々と天皇杯を空高く掲げてみせた。
     
    「間違いなく、石井さんが作ってきたこのチーム。まあ、いろいろあったけど、石井さんのおかげで、ここまで来れたので」(小笠原)
     
    チームのことを最優先に考える、実に小笠原らしい粋な計らいに、今のチームの団結力や一体感が見て取れる。“二冠”を達成したラストに相応しいワンシーンだった。
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    http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20170101-00021595-sdigestw-socc
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